煌びやかな装飾が施された宮殿の大広間。エリナ・ウィンチェスター侯爵令嬢は、婚約者であるリアム王子の隣に立ちながら、集まった貴族たちの華やかな談笑を眺めていた。
彼女の銀糸のような髪は宝石のように輝き、完璧な笑顔を浮かべるその姿は、まさに王妃候補にふさわしい。リアムもまた、王族の威厳と優美さを備えた青年で、二人は理想的な婚約者同士と称されてきた。
しかし、その和やかな空気が突然一変したのは、リアムの冷たい声が響いた時だった。
「エリナ、話がある。」
彼の声はいつになく低く、広間にいた貴族たちも何事かと耳をそばだてた。エリナはリアムの表情の硬さに気づき、不安を覚えながらも微笑みを崩さずに返事をした。
「どうされましたの?リアム様。」
しかし、返ってきた言葉は彼女の想像をはるかに超えるものだった。
「この場を借りて、君との婚約を破棄させてもらう。」
広間は静寂に包まれた。エリナの耳に、さざ波のようなざわめきが届く。信じられない言葉を聞いたエリナは、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「……何をおっしゃっているのですか、リアム様?」
エリナは冷静を装いながらも、動揺を隠せない声で問い返した。
リアムは目を逸らすことなく、毅然とした態度で続けた。
「君がここ数か月で行った数々の不正行為が明らかになった。多くの証言と証拠が君の罪を示している。そんな人物と婚約を続けるわけにはいかない。」
その言葉に広間が再びざわめいた。エリナの顔から血の気が引き、周囲の視線が痛いほどに突き刺さる。
「不正行為……?そんなこと、私は一度たりとも――!」
エリナは必死に反論しようとしたが、リアムは彼女の言葉を遮った。
「証拠が揃っている以上、君の弁明に意味はない。」
その冷たい言葉に、エリナの心は深く傷つけられた。
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リアムの一方的な宣言により、エリナの名誉は大きく傷つけられた。彼女の周囲にはすぐさま噂が広まり、目撃証言や「証拠」と称されるものが次々と出されていた。
舞踏会が終わった後も、彼女の耳には冷たいささやきが届いていた。
「ウィンチェスター家の令嬢があんなことを……」
「彼女が次期王妃だなんて、信じられない!」
貴族たちの陰口は、エリナの自尊心を容赦なく蝕んでいった。
「リアム様……どうして私を信じてくださらないの……?」
自室に戻ったエリナは、静かな部屋の中で呟いた。彼女の目からは一筋の涙が頬を伝い、床に落ちた。
翌朝、エリナは何事もなかったかのように振る舞うことを決めた。心の中で動揺や悲しみが渦巻いていても、それを表に出すわけにはいかなかった。ウィンチェスター家の令嬢として、弱さを見せるわけにはいかない――そう自分に言い聞かせた。
しかし、使用人たちの視線にもどこか距離感があり、噂が家の中にも広がっていることを感じ取った。家族もまた、彼女に対して冷たくはないものの、どこかぎこちない態度を取るようになっていた。
「エリナ、君の話は本当なのか?」
父親であるウィンチェスター侯爵が声を掛けてきたのは朝食の席でのことだった。
「もちろんです、父様。私がそのような行為をした覚えは一切ありません。」
毅然とした口調で答えるエリナ。しかし、侯爵の顔には明らかに疑念が浮かんでいた。
「そうか……だが、これ以上問題が大きくなるようなら、家のためにも何らかの対処をせざるを得ない。覚悟しておくように。」
その言葉にエリナは胸が締め付けられる思いだった。家族にまで疑念を抱かれているという事実が、彼女の心をさらに追い詰めた。
「誰も私を信じてくれない……ならば、自分自身で真実を証明するしかない。」
そう決意したエリナは、名誉を取り戻すために自ら動き出すことを心に誓った。