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第3話

「さやちん絶対に内緒だからねー!」

「声が大きいよちーちゃん、しー!!」

 ひとまず祠を壊してしまったことは二人の秘密にして、私達はそれぞれの帰路につく。

 ポツリ、ポツポツ……。

 雨が降り始めたのはちーちゃんと別れた後のことだった。

「あれ、雨……」

 天気予報では一日降らない筈だったのに。

 私はいつもカバンに入れている折りたたみ傘を取り出してさす。

 傘が雨を弾く音に混じってバシャバシャと一人の老婆が急ぎ水辺から上がってきた。

 その老婆は他の村人が水浴びをしている時と同じ恍惚とした満面の笑みを浮かべていた。

 私の苦手な顔だ。

(早く通り過ぎちゃお……)

足早になった私に老婆が声をかけた。

「あんれ、転校生の……」

「あ、はい……飯野紗香です」

 振り返ってぺこりと会釈をする。

老婆を見ると、きつく私を睨んでいた。

(え……)

「雨の日に外にでちゃぁダメだ。人魚様に連れてかれちまうぞ?」

「……あの……それはどういう?」

「雨が降るのは人魚様の機嫌が悪い証拠だ。なるべく外出ちゃあかん。わかったね?」

 老婆は、反論は許さないとばかりにまくし立てて足早に去っていった。

 私は唖然と立ち尽くす。

 ザァアアアァ……。

 雨が次第に強くなっていく。

「…………やっぱり変な村」


 ザァアアアァアアアアア……!

 夜になるほど雨脚は強まっていく。

 母からは急ぎの仕事があるから会社に泊まると電話があった。

 私は夕食を先に済ませリビングでくつろいでいる。

 祖父が残した家は母と二人でも持て余していというのに、今夜は一人だと思うとどこか心細かった。

心細さを和らげるためにテレビを見ているが、パチパチと窓ガラスを叩く雨の音が妙に耳に響いてイマイチ集中できない。

「ちーちゃんがスマホ持ってたらな……」

 電話帳に入っている番号は母のみ。無料SNSアプリには友達の名前なんてない。

 というか、ちゃんとした友達ってちーちゃんが初めてかも……?

 手持ち無沙汰のスマホの画面をつけたり消したりしていると。


 ……ピン、ポーン


 突如、インターホンが鳴った。

 通販は母がよく使うが、遅くとも19時に配達されるように指定する。

 壁掛け時計はもうすぐ21時を告げていた。

「お母さん何か買ったのかな……」

 私は暗い廊下の電気をつけて玄関に向かう。

 テレビの音が遠ざかり、ザァアアアァ……という雨音が嫌に大きく聞こえる。

「はーい、今開けます……」

 私は一応警戒しながら玄関の戸を横にスライドして開けた。

ザァアアアァッッ!

地面を叩いて跳ねる雨のしずくと、爆発的な雨音が侵入してくる。

 パシャパシャバシャバシャ……。

 家の明かりが届く範囲に眼を凝らすが、誰も、何もなかった。

(……インターホンの故障?)

 ゆっくりと戸を閉めて、鍵をかけて振り返る。

 ポタ……ポタタ……。

 水音がして、廊下の電気が明滅する。

 廊下の奥に目を向けた私は思わず息を飲んだ。

「ひっ……!?」

長い前髪で顔が隠れたずぶ濡れの女が廊下に立っていたのだ。

 私は玄関戸を背にへたり込む。 

 いつ入られたのか、だれなのか、なんなのか。

 ピチャ……パシャ……。

 それはゆっくりと歩き出す。

 迫ってくる。根源的な恐れに体が震えた。

「や、……やだ……」 

 カリカリカリ……。

 すぐ頭上の玄関のカギを開けようと手を伸ばすが何故か開かない。

 女は私の目の前まですぐにきた。

 か細く物悲しい呟きを漏らしている。

「……さない………ない……るさない……」

 白い手が伸びてくる。

ひやりと私の顔を挟んだそれに、心臓がぎゅっと縮んだ。

「あ……あ、いや……」

目を見開いて、人形のように固まる私。

 長い前髪の奥から、ぎょろりと黒い目がこちらを覗いた。

 じっくり値踏みするように――。

「………………ち……う」

 やがて女はかすれた声で何かを呟くと、戸を開ける。

 ザァァアアアァ!!

 激しくけぶる雨の中を闇の奥へと、ふらふら、ゆらゆら、何処かへと去っていった。

「……なに、あれ」

 呟きは雨音にかき消された。

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