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第2話 恋に落ちる

 恋に落ちるという言葉を発明したのは誰だろう。

 淡々とつづくはずだった日々の中で、それは道にポッカリと空いた落とし穴のように僕を待ち構えていた。

 高校を家から遠い私立校にしたのは、煩わしい人間関係を、すべて白紙に戻すためで、新しい環境下での生活や、そこにある出会いなんてものに、僕はまったく期待を抱いていなかった。

 ましてや青春なんてものを謳歌したいなどとは夢にも思わない。

 誰も信じない、誰も頼らない、誰もアテにもしない。それが僕のモットーだ。

 思えば子供の頃の僕は愚かだった。

 大人たちはみんながみんな立派な人格者だと思っていたし、近所の悪ガキも根は悪い奴じゃなくて、いつかはきちんと解り合えると信じていた。

 人間は根本的に善で、世界は可能性に満ちあふれた素晴らしい場所だなんて、実にマヌケな思い込みをしていたのだ。

 だから僕はいつだって、ひたむきに努力して、勉強も運動も頑張ったし、実際に学年一の秀才だなんて、おめでたいラベルを貼られてもいた。

 もはや死語になって久しい気もするが「末は博士か大臣か」なんて本当に言われていたのだ。

 実際のところ、本気で取りかかれば今だって、それほど成績は落ちていないはずだけど、僕は中学時代ずっと手を抜いていた。成績が上がれば希望の高校に進みづらくなるからだ。

 もっと良いところを受験しなさいなんて言われるのは煩わしいし、そうでなくても学校で目立つのはイヤだ。どうせ、ろくなことにならないのだから。

 僕が入学した私立星輪せいりん高校は、極めて平凡なレベルの学校だ。

 その壮大な名前に反して特筆すべき点が特にないため、僕ら星輪の生徒は近隣の若者たちから「宇宙飛行士」なんてあだ名されている。

 それでも卒業生のコメントによれば、自由な校風は何物にも代えがたく、卒業までの三年間、これといって煩わしい行事などひとつもなかったということだ。

 ついでに言うと校舎は全館冷暖房完備で夏も冬も快適に過ごせるらしい。

 日々の平穏ばかりを求める僕にとっては、まさしく理想的な学校だった。

 なのに、入学式のあの日。

 学校に向かうために乗った電車の中で、僕は生まれて初めての経験をした。


 そう――恋に落ちたんだ。

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