海賊の攻撃を受けたユノさんの船は、帆布が燃やされてしまったので航行が困難になっている。
船員たちは弓矢による攻撃で重傷を負っていて、死にかけている人もいた。
「こりゃ酷いな……」
「とにかく止血を!」
モントル号の船医さんと看護師さんが、急いで手当を始める。
冒険者のバランさんたちも応急処置はできるので、手分けして救命活動を開始した。
冒険者学園では救命活動も習うので、ミュスクルさんたちも救命活動に参加している。
スバルも手伝おうと、怪我人たちがいる船に乗り込んだ。
「ハド! 目を開けて! 死なないで!」
悲鳴に近い女性の叫び声。
スバルも僕もその声には聞き覚えがあった。
声がする方を振り向いてみたら、赤いドレスの女性が甲板の上に座り込んでいる。
娼館の主、この船のオーナーでもあるユノさんだ。
ユノさんは1人の少年を膝に乗せて抱き、化粧が崩れるのも構わず涙を流している。
その少年が誰か、すぐに分かった。
(ハインドか。夏休みだし、親の持ち船だし、いても不思議じゃないか)
僕をイジメていた張本人の1人。
弓の扱いが得意だから、海賊との戦闘に参加していたんだろう。
海賊たちは女性のみ残すため、戦力のある男性なら子供でも容赦しなかったらしい。
「ハド!」
必死で呼びかけているユノさんのドレスは元々赤いので、血が付いても遠目には目立たない。
でも、彼女の周囲に広がる大量の鮮血を見れば、ハインドの重傷は明らかだった。
ハインドは薄く目を開けているけどピクリとも動かず、グッタリしていて生死は分からない。
(別に隠す必要は無いし、使っとくか治癒魔法)
スバルは心の中で呟いた。
彼の魂が僕の身体に憑依する前、女神リイン様は能力を隠せとは言ってなかったものね。
ユノさんは歩み寄るスバルに気付いて、ハッと顔を上げた。
以前、ユノさんはスライムガードの反撃で負傷したときに、スバルの治癒魔法を受けている。
息子を助けたい一心で、ユノさんは縋るような目を向けてきた。
「お願い……この子を助けて……」
スバルが近くまで行って屈むと、ユノさんは震える声で呟く。
間近で見たハインドは失血で蒼白な顔をしていて、微かに開いた両目は虚ろだった。
よく見ると怪我をしているのは胸の辺りで、そこから赤い泉のように鮮血が噴き出ている。
「
スバルはハインドの胸に片手を翳して、治癒魔法を起動した。
翳した片手から金色の光の粒子が湧き出て、ハインドの胸の辺りを覆う。
『ふむ、治療か。もう心臓は止まっているようだが、私の力を足せば蘇生できるだろう』
再び、ラメル様の声が聞こえた。
スバルの片手から放たれる金色の光に、水色の光が混ざり始める。
光×水属性(混合・上位変換):
致命傷だったハインドの傷が、急速に癒えていく。
矢が貫通したらしい心臓の穴が塞がり、出血が止まり、蒼白だった顔色に血の気が戻ってきた。
虚ろだった両目が、しっかり開いてユノさんを見つめる。
「……母さん? なんで泣いてるの……?」
不思議そうにユノさんに問いかけるハインドと、2人から離れて歩き出すスバルに、人々の驚きの視線が集まる。
傷を癒す魔法でも珍しいのに、心臓が止まった人を生き返らせるなんて……。
さっきの召喚魔法に続く驚きに、みんな言葉も無かった。
『ラメル様、他にも瀕死の人たちがいるので、範囲魔法に力を貸してもらえますか?』
『勿論だ』
スバルは心の中でラメル様に問いかける。
承諾の声が聞こえると、スバルは魔法を起動した。
光×水属性(混合・範囲・上位変換):
金色と水色が入り混じる光が、甲板全体を覆う。
その場にいた全ての怪我人たちの傷を光が優しく包み、完全に治癒していった。