日本でも、親が子を殺したとか虐待したとか、痛ましい事件が時々ある。
でもそれは俺にとって「ニュースでたまに見る」だけで、自分の身近で起きたことはなかった。
俺の親はどこにでもいる普通の親だったし、近所にイカレた住民はいなかったから。
今、目の前で起きていることが、俺には信じられなかった。
まだ名前も聞いてないあの第一王子、生まれたばかりの我が子を殺すとか、ありえないだろ。
6歳の妹を殺そうとした奴なのは知ってる。
「そんなに法王になりたいか? 王位って、子供を殺してでも欲しいものなのか?」
「ああ、欲しいね」
奴は歪んだ笑みを浮かべて言った。
こいつ、本当に神聖王国の法王の血族か?
「法王って神の代行者だろ? 人殺しがなれるのかよ?」
「なれるとも。人殺しを歓迎する神もいるからね」
その言葉で、俺はこいつが仕えるのはルミナス様ではないと把握した。
加護を与えた子が殺されることを憂う光の神が、殺人を歓迎するわけがない。
おそらくこのイカレ野郎が、ルミナス様の言う闇だろう。
メシエ王家特有の金髪が、枯れ草みたいな茶色に変わったのは、光の神への信仰を捨てたからか。
「エルシス! この裏切り者め!」
回廊の方から不意にそんな怒声が聞こえ、イカレ野郎めがけて光の矢が飛ぶ。
しかし、エルシスという名前らしいイカレ野郎は、涼しい顔で逃げもしない。
『パパを、いじめないで』
光の矢がエルシスに到達する前に、幼い子供の声と共に真紅の障壁が現れる。
矢はくるりと向きを変え、その色を金色から真紅に変え、急加速して飛んできた方へと返っていく。
「なっ?!」
驚く声がした直後、ドサリと倒れる音がする。
謁見の間から回廊への出入口、大量に鮮血を溢れさせて仰向けに倒れる金髪の青年がいた。
反射系の魔法かスキルか?
兵士たちもそれでやられたのか?
怒りに任せて攻撃しなくて正解だ。
あの真紅の障壁は、あいつが持つ聖石の力か。
「どうして……自分を殺した者を護るの?」
俺の隣で、セラフィナ(ソフィエ)が呟く。
彼女も前世で双子の兄に殺されて聖石を奪われたけど、奪った者が事故死したから悪用されずに済んだらしい。
「ほら、いい子だろう?」
エルシスはまた歪んだ笑みを浮かべて言いながら、右手に持つ真紅の宝石に頬ずりする。
宝石はそれに応えるように、微かな光を放った。
(つまり、あの宝石をどうにかしないと、イカレ野郎をブン殴れないわけだ)
俺がそう思ったとき、俺とは違う思考が心の中に流れ込んでくる。
アルキオネだ。
別人格である彼の考えは、俺とは少し違っていた。