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第71話:親子

 日本でも、親が子を殺したとか虐待したとか、痛ましい事件が時々ある。

 でもそれは俺にとって「ニュースでたまに見る」だけで、自分の身近で起きたことはなかった。

 俺の親はどこにでもいる普通の親だったし、近所にイカレた住民はいなかったから。


 今、目の前で起きていることが、俺には信じられなかった。

 まだ名前も聞いてないあの第一王子、生まれたばかりの我が子を殺すとか、ありえないだろ。

 6歳の妹を殺そうとした奴なのは知ってる。


「そんなに法王になりたいか? 王位って、子供を殺してでも欲しいものなのか?」

「ああ、欲しいね」


 奴は歪んだ笑みを浮かべて言った。

 こいつ、本当に神聖王国の法王の血族か?


「法王って神の代行者だろ? 人殺しがなれるのかよ?」

「なれるとも。人殺しを歓迎する神もいるからね」


 その言葉で、俺はこいつが仕えるのはルミナス様ではないと把握した。

 加護を与えた子が殺されることを憂う光の神が、殺人を歓迎するわけがない。

 おそらくこのイカレ野郎が、ルミナス様の言う闇だろう。

 メシエ王家特有の金髪が、枯れ草みたいな茶色に変わったのは、光の神への信仰を捨てたからか。


「エルシス! この裏切り者め!」


 回廊の方から不意にそんな怒声が聞こえ、イカレ野郎めがけて光の矢が飛ぶ。

 しかし、エルシスという名前らしいイカレ野郎は、涼しい顔で逃げもしない。


『パパを、いじめないで』


 光の矢がエルシスに到達する前に、幼い子供の声と共に真紅の障壁が現れる。

 矢はくるりと向きを変え、その色を金色から真紅に変え、急加速して飛んできた方へと返っていく。


「なっ?!」


 驚く声がした直後、ドサリと倒れる音がする。

 謁見の間から回廊への出入口、大量に鮮血を溢れさせて仰向けに倒れる金髪の青年がいた。


 反射系の魔法かスキルか?

 兵士たちもそれでやられたのか?


 怒りに任せて攻撃しなくて正解だ。

 あの真紅の障壁は、あいつが持つ聖石の力か。


「どうして……自分を殺した者を護るの?」


 俺の隣で、セラフィナ(ソフィエ)が呟く。

 彼女も前世で双子の兄に殺されて聖石を奪われたけど、奪った者が事故死したから悪用されずに済んだらしい。


「ほら、いい子だろう?」


 エルシスはまた歪んだ笑みを浮かべて言いながら、右手に持つ真紅の宝石に頬ずりする。

 宝石はそれに応えるように、微かな光を放った。


(つまり、あの宝石をどうにかしないと、イカレ野郎をブン殴れないわけだ)


 俺がそう思ったとき、俺とは違う思考が心の中に流れ込んでくる。

 アルキオネだ。

 別人格である彼の考えは、俺とは少し違っていた。

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