「罪の擦り付け合いで泥仕合になるだろうな。なるほど。どちらだと主張するにせよ、こちらに損はない」
「そういうことです。まず、そこから崩して行き、それを利用したと思しき今までは不審とも思われず処理されていた貴族の死を、集めて行く」
「その死で利を得た者は誰か、が判明すればその知識をもたらしたものは誰か、もおのずと知れよう。さすればミレッカーの関与は明らかになる」
ぼくのお腹へ添えられたイェレミーアスの手に、力が籠る。手を重ね、ぼくは顔を上げた。
「そうすれば、ラウシェンバッハ伯爵の死の真相も暴くことができる」
「ことによると、これはラウシェンバッハの死のみに終わらない。ミレッカーが……誰にも知られず、この皇国を裏から操っていた可能性が出て来るぞ……。そうか、だから父上はミレッカーに不信感を抱いていたのか。だが、父上は確証に至ることができなかった。スヴェンのように、食物が毒になるかもしれないという知識がなかったから」
とんとんとん、と組んだ足の上で指を弾きながら呟く。さすがはジークフリードだ。先日、この騒動を知った際にぼくらが懸念していたことに一人で思い至った。
「ですから今ぼくらがしなくてはならないことは、ギーナ様とゼクレス子爵家が捕らえている証人を守ることと、誰も不審とは思わなかった貴族の死を集めることです。ぼくらはまだ、何も気づいていないフリをしながら、です」
「何かがおかしいと思いつつも、確信を持てなかった人たちはきっと居る。その人たちを探して、話を聞くことができれば」
ぐ、と低く唸るようにイェレミーアスの声が体へ響く。悔しい、悔しいと声音が、体温が、吐息が静かに告げている。ジークフリードが指を止めた。
「数人見つければ、おのずと話は集まるだろう。だがスヴェンが表に出るのは危険すぎる」
「そこは情報屋を介して、エステン公爵に収集をお願いしようかと思っています」
「うむ。妥当なところだな」
「遊びに行くフリをして、エステン公爵家へより強固な加護をお願いしておきます」
膝の上で組んだ手をぎゅっと握り締め、ジークフリードは目を閉じた。それから顔を上げると、一瞬口をへの字にしてもう一度俯く。
「スヴェン」
「はい」
「改めてオレは怖い。リヒも、スヴェンも、アスも心配なのに。お前たちに何かあったとしてもオレはきっと、すぐに駆け付けられない」
再びぼくへ顔を向けたジークフリードのアースアイが潤んでいる。
「それで十分ですよ、ジーク様。十分、ジーク様は自分のことのようにぼくらを心配してくださっている。それだけで十分です」
ぼくは少しだけ、身を乗り出した。それから胸の前で両手を合わせ、無邪気に笑って見せる。
「ぼく、もう一つ考えていることがあるんです」
「……お前がそういう顔をしている時は、大体顔に似合わずえげつないことを考えている時だな」
「間違いありませんね」
イェレミーアスまで同意した。失礼だな、一体ぼくがどんな顔してるっていうんだよ。
「ぼく、以前にも言いましたよね。ハンスイェルクとシェルケが辺境から出られない間に、ミレッカーと仲違いをさせたい、と」
「ああ。言っていたね」
ぼくは身を捻ってイェレミーアスへ笑顔を向けた。
「ぼくねぇ、イェレ兄さま。こう見えて結構、怒って、いるのですよ?」
「……そうなのかい? ヴァン」
「はい。犯罪者など、勝手にお互い疑心暗鬼で腹を探り合って自滅すればいいのです」
己の欲を満たすために他人を害する人間など、碌なものではない。ましてや過去に犯した犯罪が、己の行動を制限するのであれば因果応報だ。にっこり微笑むと、イェレミーアスはぼくの頬へ自分の頬をくっつけた。近い位置から少年独特の甘さと、大人へと変じる揺らぎを含んだ声が囁く。
「じゃあ私たちのできることは、君を邪魔しないことくらいだね?」
「ん~……」
唇の下へ人差し指を当て、ぼくはちょっとだけ首を傾げて見せた。
「今はまだ、内緒です。後から全部分かった方が、きっとスカッとするでしょうから」
両手をぱちん、と合わせて「えへへ」と笑うと、ジークフリードは肩を落として大きなため息を吐いた。
「まったく、本当にあなたの弟子は世の中の美しいものだけを見て生きているような顔をして、何と恐ろしい策略を口にするのか。そう思いませんか、ベステル・ヘクセ殿」
「わたくしが言おうとしたことを今、君が先に言ってしまったんだよ。ジークくん」
呆れたように放って、ルクレーシャスさんはブッセを自分の口へ押し込む。ぼくは無言でキャラメルの入ったキャンディポットを、ルクレーシャスさんの前へ押し出した。
「ですので、イェレ兄さまは皇宮とこの屋敷とリヒ様のところで剣の稽古をしていてください。来月には本邸が出来上がるし、引越しに大忙しですよ?」
「ヤツらにはそう見せておく、のだな? スヴェン」
「ええ、ジーク様」
いつも通りに扉付近へ待機している有能な執事へ声をかける。
「フレート」
「はい、スヴァンテ様」
「ニクラウスさんに、噂を流すようお願いしてください。『シェーファー男爵令息は、病死ではなく暗殺された』と。それとなくリーツ子爵令息が関与していると仄めかしてほしいですね。噂を流すのはスラムの孤児に頼んでください。スラムの孤児なら貴族の名前は覚えていなくて当然ですから、『シーツだかなんだかいうヤツがやったらしい』と付け加えて。あとは勝手に噂を聞いた人たちが想像するでしょう。それから、スラムの孤児にはその噂を必ず、リヒ様へ話すように依頼してください」
「かしこまりました」
きっちりと腰を折ったフレートへ、さらに追加する。
「あ、それとニクラウスさんには今回は若い男に変装するよう、伝えてください。幽霊騒動の噂を流した時に、老人だと知られていますから。ディーターさんに任せても良さそうなら、それで。ニクラウスさんもですが、ディーターさんとギュンターさんはしばらくお屋敷から出ないようにしてもらいましょう。彼らがここに居ることを、まだ知られたくありません」
お願いね。と笑みを作る。フレートはもう一度腰を折り、コモンルームを立ち去る。
「……スヴェン」
「ヴァン……」
「スヴァンくん、君……」
イェレミーアスの表情は見えないけど、声だけでも分かる。ジークフリードとルクレーシャスさんと同じ顔でぼくを見ている。
「ほんとうにえげつないな……」
三人が同時に呟くのを、ぼくはちょっと頬を膨らませて眺めた。
「リーツ子爵令息に疚しいことがないのであれば、ただの噂に過ぎませんので特に問題ないでしょう? 上手くすれば、こちらにとって都合のいい人物が釣れてくれるはずです。そこからはさほど待たずに済むでしょう。イェレ兄さまには辛いでしょうが、今は待つことも作戦のうちです。少しだけ、ぼくに時間をもらえますか?」
「……分かっているよ、ヴァン。君はいつも、私のために最善を尽くしてくれている」
穏やかな声は、僅かに掠れている。ぎゅうっと抱きしめられ、頬が合わさる。ブラウンシュバイクを捕まえてからずっとイェレミーアスは、我慢に我慢に我慢を重ねている。そんなことは分かってるんだ。だけど、だからぼくは、手を伸ばしてイェレミーアスの髪を撫でた。
「どうなるかはお楽しみです。いずれにせよシェルケもハンスイェルクも、罪に対する対価を支払うことになるでしょう」
イェレミーアスの膝の上で足を揃えてぼくが微笑むと、ジークフリードは大げさなくらい肩を落としながらため息を吐いた。
「お前が味方でよかったよ、スヴェン。絶対、敵に回したくはないな」
「大げさですよ、ジーク様。ぼくと敵対する予定でもおありなんですか?」
「ない。そんな勝算のない予定など、立ててたまるか」
「だよねぇ……」
うんざりというか、げんなりという表情で項垂れたジークフリードへしみじみと同意したルクレーシャスさんの口へ、ブッセが音を立てて吸い込まれて行った。
「噂を聞いてレームケがどう動くかも重要です。噂を否定するにも、リヒ様が聞いたとなれば火消しも難しいでしょう。リヒ様本人の意思とは関係なく、あちらは手が出しにくくなるでしょうね。下手をすればエステン公爵に疑いを持たれてしまう。それはミレッカーも避けたいところでしょうし」
ローデリヒはその身分ゆえ、ぼくらの切り札にもなり得る。その存在だけで十分すぎるほど、ぼくらの味方をしてくれているのだ。
「切り札として十分機能しているではないか。悔しいが、リヒとはそういうヤツだ」
「そうだね、リヒらしい活躍の仕方だ。本人に自覚はないだろうけど」