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第3話 小夜楢未来

 一行がゲームセンターを出ると、外はすでに薄闇に包まれていた。

 日暮れには、まだ時間があるが、垂れ込めた分厚い雲が陽の光を遮っている。

 同行したメンバーには電車通学と自転車通学の者がいたが、駐輪場が駅の隣にある以上、そこまでのルートは同じだ。

 大して距離があるわけではないが、藤咲はいつもそうしているように、ビルの合間を縫うように延びる細い近道を選んだ。いわゆる路地裏ではあるが、ここは平和な地方都市だ。柄の悪い連中がたむろしているわけでもなければ、怪しい店の入り口があるわけでもない。

 そもそもが何かあっても叫べば声は表通りまで楽に届く。警戒などするはずもなかった。

 しかし、この日は何かがおかしい。

 ダラダラ歩いたとしても駅までは、せいぜい五分足らずの距離だというのに、いくら歩いても出口が見えてこない。

 そもそもここはどこだ。見慣れた風景のはずなのに、なぜか馴染みがないような気がしてくる。

 いつの間にか動悸が早まり、冷たい汗を背中に感じ始めていた。得体の知れぬ焦燥感にパニックを起こしそうになったところで、ようやく狭い路地から抜け出してホッと息を吐いた。

 しかし――。


「なに、ここ!?」


 後ろにいた女子のひとりが声を上げたことで、藤咲もようやく異常に気づく。

 そこは確かに開けた場所だったが、断じて駅前ではない。

 アスファルトの地面は消え去り、いつの間にか草の生い茂る場所に立っている。

 周囲を木々が取り囲み、目の前には四角い石が整然と並んでいた。

 しかも、そのひとつひとつには小さな十字架が備えつけられている。


「お、お墓!?」


 朱里の悲鳴染みた声が響く。


「……外人墓地ってか」


 茫然とつぶやく藤咲。あまり縁のない場所だが、テレビや洋画ではおなじみだ。


「お、おい、墓石の名前――」


 いち早くそれに気づいた仲間が声をあげる。

 慌てて確認すれば、目の前の墓石には『AKITO FUJISAKI』と自分の名前が刻まれている。さらに他の墓石にも、それぞれに、今この場にいる級友の名前が書かれていた。


「う、うわぁぁぁぁぁっ!」


 とうとう誰かが悲鳴をあげた。


「逃げろ!」


 訳が分からないながらも級友たちに告げて、自分も踵を返すが、そこで藤咲はさらに唖然とすることになった。

 たった今入ってきたはずの道がどこにも見つからないのだ。


「なんだよこりゃあ!?」


 級友たちがパニックを起こして騒ぎ始める中、突然、雷鳴が轟き、強い雨が降り始める。


「ホラームービーかよ。臨場感ありすぎだろ……」


 引きつった顔でつぶやく藤咲の背後で、何かが崩れるような音が響く。

 嫌な予感をヒシヒシと感じながら振り向けば、案の定、地中から何かが這い出るところだった。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 悲鳴があがった。

 墓の下から這い出てきたのは、どう見てもボロ布を纏った骸骨だ。

 腰が抜けたように座り込む男子たちと、身を寄せ合う女子たち。

 平べったいカバンを鈍器代わりにして身構える藤咲だが、それが限界だった。手脚の震えこそ抑えてはいたが、恐怖で息が詰まり、冷たい汗が流れ落ちる。

 そんな中、彼を押しのけるようにして、ひとりの女生徒が前に出た。


「深天!?」


 藤咲が名を呼ぶが、深天は答えない。青ざめた顔のまま、祈るように両手を組み合わせて何事かを呪文のようにつぶやいている。

 固唾を呑む藤咲の前で、現れた骸骨の一体が、鋭い爪を武器に深天に飛びかかった。


「深天!」


 声をあげるのが精一杯で、藤咲には身動きする余裕もない。

 しかし、その爪が届くより早く、深天の手前に青い光の壁が生じた。

 光は骸骨の爪を阻んだのみならず、その身体を勢いよく後方へと弾き飛ばす。


「バリアか!?」


 驚きの声をあげる藤咲に、深天が冷静に答える。


「結界です」

「お、お前、なんでそんな力が……」

「それよりも、今は出口を探してください。必ずどこかにあるはずです」


 言われて、藤咲は慌てて周囲に視線を走らせた。

 墓地を取り囲む木々には隙間など見えないが、もしかしたら幻に隠されている可能性もある。映画やゲームではお決まりのパターンだ。

 駆け寄って樹木を一つ一つ手で押していくが、なにしろ数が多い。


「お前らも手伝えよ!」


 座り込んでいる男どもに叫ぶが、どいつもこいつも恐怖に引きつった顔をしたまま立ち上がることもできないようだ。


「畜生!」


 毒づきつつも、必死で探し回っていると、女子たちが駆け寄って手を貸してくれる。


「あらあら、女の子の方が、よっぽど勇敢ね」


 その美しくも冷たい声は骸骨たちの背後から響いてきていた。

 驚いてふり返れば、まるで主のために道を空けるかのように骸骨の群れが左右に分かれていく。

 その先に立っていたのは黒髪の美しい少女だった。

 年の頃は藤咲と同じくらいか。見慣れない地味なセーラー服を着て、長く美しい髪を風に踊らせながら、赤い瞳で藤咲たちを値踏みするように見つめている。

 魔女という言葉が自然と脳裏に浮かんだ。


「何者です?」


 深天が誰何すると、魔女は面白がるように笑った。


小夜楢さよなら未来みらい

「なにを言って……?」

「そういう名前なのよ。変だと思われてもしかたがないけどね」

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