藤咲本人にとっても不思議な話ではある。
あの黒髪の魔女は怖ろしい骸骨どもを、彼と級友たちにけしかけてきたのだ。
ハッキリ言って命が危なかった。
なのに、気がつけば彼女のことばかり考えている。もう一度会って話がしたいと本気で思っている。
その理由について藤咲は自分なりに考えてみた。
(美人だからだ)
答えは一瞬で出た。
しかし、六時間目の授業が終わるまでは、まだ三十分以上ある。
さりげなく視線を向ければ、雨夜希美は相変わらずフードを目深に被って、ひたすらにノートに何かを書き込んでいた。いや、何かというわけではなく、ほぼ間違いなく板書を写しているだけだろう。暇な奴だと呆れながら眺めるが、藤咲が不真面目なだけで極めて普通のことだ。
授業も上の空で暇を持て余した藤咲はノートの端をちぎって、メッセージを書き込んだ。
“放課後のデート、楽しみにしてるぜ”
それを丸めて希美に向かって投げる。
彼女は、顔すら上げることなく左手で器用にキャッチした。その上で改めて顔を上げると、不機嫌そうな視線を向けてくる。
藤咲がウィンクしてみせると、さらに嫌そうに顔をしかめたものの、それでも律儀に紙を広げて中身を確認し、何事か書き記して投げ返してきた。
両手でしっかりとキャッチして開くと、丁寧な文字で、
“わたしに構わず死んでくれ”
と書かれている。
相変わらずの口の悪さに苦笑しつつ、さらにメッセージをしたためて希美に送る。
“心にもないことを言うなよ、マイハニー”
再び受け取って中身に目を落とした希美は、ぷるぷると肩を震わせていた。
笑いを堪えているのかと思う藤咲だったが、もちろん怒っているのだ。
希美が再び投げ返してきた紙切れをキャッチして開けば、
“君が好きなのは小夜楢未来だろ!”
と書かれている。
(サヨナラミライって、こんな字を書くんだ)
愛しいあの人のことが、ひとつ判って藤咲は満足した。
誠意を込めて、ノートの切れ端にお礼の言葉をしたためる。ただし、お調子者の性格が災いして、ついついからかうようなことまで書いてしまった。
“ありがとう希美。未来さんには及ばないけど君の胸も素敵だよ”
今度は返事は飛んでこなかった。
代わりに希美は立ち上がって叫んだ。
「セクハラかぁぁぁっ!」
当然ながらクラス中の視線が一身に集中して希美は怒りと羞恥で真っ赤になった。
「ど、どうしたんだ、雨夜?」
板書していた教師が手を止めて不思議そうに問いかける。藤咲はさすがに「やべっ」と思ったものの、希美は小さな声で「いえ、なんでもありません」と答えて席に座り直すと、パーカーのフードを思いっきり目深に被って下を向いてしまった。