放課後の屋上で希美は力なく項垂れていた。
六時限目の終わりを告げるチャイムが鳴って学級委員が起立と礼の号令をかけると、その直後に猪のように突進してきた藤咲に、またしても手をつかまれて引きずられるように、ここまで来てしまったのだ。
(わたしって実は流されやすいタイプだったのかな?)
結構本格的に落ち込む希美の心情など無視して、藤咲が話を切り出す。
「俺、今回は結構マジで本気で真剣なんだ」
「とりあえず国語の勉強をすることをお勧めする」
ゲッソリした顔で言ってやったが、今さらこんな言葉を気にする相手でないことは分かっている。
「とりあえず、さっきのラブレターで小夜楢未来って名前をノートに何度も書き連ねて、漢字で書けるようにはなったけど、やっぱり俺は彼女についてまだまだ知らないことが多すぎる気がする」
「ラブレターじゃない」
指摘するが、藤咲は当たり前のように無視した。
「まずは希美が知っていることを教えてくれないか? 知らない仲じゃないんだろ?」
「残念だけど、知らない仲だ。わたしが知っている小夜楢未来は六年前に死んでいる。だからあれは、その名前を騙っている別人に過ぎない」
「そうなのか?」
「そうでないとおかしいだろ」
「実は生きていたって可能性は?」
「君は分かっていないようだから言っておくが、小夜楢未来は世界を滅ぼそうとした極悪人だ」
またおかしな曲解をされないようにストレートに告げる。しかし、それを聞いた藤咲の反応は、どうにも嬉しそうだった。
「そいつはすげーな。スケールがデカイ」
「君はもしかして邪悪な人間で、世界なんて滅びたほうがいいなんてことを、マジで本気で真剣に考えているんじゃあるまいな?」
藤咲の言い回しを真似て訊いてやる。
「希美、なんか重複表現がひどいぞ。君はもっと国語を勉強した方がいい」
「君の使った言い回しだろうが!」
我慢できずに怒鳴るが藤咲は涼しい顔だ。
「心配しなくても俺は平和主義者だ。未来さんにだって改心してもらいたいと思っている」
「迷惑だ」
「お前が決めんなよ」
「そんなことに巻き込まれるのが迷惑だって言ってるんだよ」
「何を言ってるんだ、希美。人間ってのはお互いに迷惑をかけ合いながら生きていくものなんだ。それが助け合うってことなんだからな」
藤咲は、なにやら偉そうに腕など組みながら説教くさく言った。
それを横目で見据えてつぶやく。
「なら、わたしは君にどんな迷惑をかければいいんだろうな」
「他人様に迷惑をかけるのはよせ」
しれっと言われて、希美はとうとう地団駄を踏んだ。
「君って奴は! 人をおちょくるのが、そんなに楽しいのか!?」
「有り体に言うと」
「認めやがった! ただのバカだと思っていたら、実は計算ずくで喋ってたか!?」
藤咲は微妙に気後れしたような笑みを浮かべると、頭をかきながら言う。
「いや、それは悪いとは思うけど、こんなことで頼れるのってお前だけだろ?」
「頼られるほど親しくなった覚えはない」
「じゃあ、今度、お前のヴァイオリンを聴いてやるからさ」
「それって、わたしにメリットないだろ!? 一方的にヴァイオリンを弾かされるだけじゃないか!」
「あれ? 弾けるんだ、ヴァイオリン」
「知ってて言ったんじゃないのか!?」
「いや、知るわけないじゃん。ケースの中身は違ってたし」
「ああっ、もうヤダ、こいつ!」
希美は力尽きたようによろめくと屋上に設置されているベンチの上に腰を下ろした。
背中のヴァイオリンケースが背もたれにあたるので、とりあえず横に置く。
それを見て藤咲が好奇心に目を輝かせた。
「今もそこに、あの鎌が入ってんのか?」
「プレアデスだ」
「プレアデス?」
「鎌の名前……わたしが勝手に付けた」
「そうか、カッコイイ名前だな」
この言葉だけは本当に嬉しかったので、希美は素直に礼を言う。
「ありがとう」
「とにかくさ、人違いでもいいから、まずは小夜楢未来って女のことから教えてくれないか?」
希美としては、あまり思い出したくない話だが、話さない限りは解放してもらえそうにない。
「はぁ……」
あきらめて大きな溜息を吐くと、渋々語り始めた。