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第8話 小夜楢未来の過去

「小夜楢未来は魔術を生業とする家柄の娘だ。子供の頃から、それなりに才覚もあって天才と持て囃されていたが、彼女の父が禁忌の扉を開いてしまったことで、すべてが一変した」

「禁忌の扉?」

「世界の秘密の一端を解き明かしたんだ。でもそれは、世界を危うくさせるに十分なものだった」

「世界を危うくさせる知識か。漫画みたいでピンと来ないな」

「まあ、そうだろうな」


 希美は苦笑した。世間一般では超常の力など存在しないことになっているのだ。事実の一端を目にしたからといって、急に感性は変わるまい。


「未来の父は、その知識を封印することを決意したが、それだけでは不十分と考えた奴らがいた」

「奴ら?」

「世界に数多存在する魔術結社のひとつさ。そいつらは刺客を差し向けて未来の両親と同居していた親類縁者、さらには使用人を惨殺し、子供だった未来も殺そうとしたが、幸か不幸か彼女は逃げ延びることに成功した」


「いや、助かったのなら、不幸ってことはないだろ?」


 藤咲は当たり前のように口にしたが、希美は苦笑いを浮かべただけでコメントは避けた。


「とにかく彼女は逃げ延びはしたが、それ以来、追っ手に命を狙われ続けることになった」

「ひでえ話だな。助けてくれる奴はいなかったのかよ?」

「追っ手は巧妙だったのさ。最初の襲撃で、すでに未来は死んだことにされていた。死んだとなれば、それを悲しむ者はいても、助けようとする者はいない」

「えげつねえな……」


 顔をしかめる藤咲。お調子者だが、こういうところでは人の良さが垣間見える。


「何も知らない未来は孤立無援で、生き延びるために追っ手と戦い続けることになった。最初は無我夢中で相手を返り討ちにしていたが、いつしかそれは復讐の喜びへと変わっていったんだ」


 昂ぶる感情を抑えるために、希美は少しだけ間を空けた。軽く息を吐いてから、遠い目をして口を開く。


「彼女は敵をひとり殺すごとに禁呪を使って相手の命を奪い取り、自らの力へと変えていった。さらには禁忌とされた父の研究成果を紐解いて、ついには世界を滅ぼす存在を喚び出すことを決意したんだ」

「世界を滅ぼす存在?」

「そいつは神獣と呼ばれている。まあ、破壊神みたいなものだな」

「んなもんがいるのかよ……」


 漫画やゲームではありがちな存在だ。それだけに藤咲もイメージしやすいだろう。


「今から六年前、未来はこの陽楠学園を祭壇に見立てて神獣の召還を試みた」

「この学園で?」


 驚いて辺りを見回す藤咲。もちろん痕跡など残っていないし、祭壇が築かれたのはここではなく隣の校舎の屋上だ。


「もちろん失敗したんだけどな」

「そりゃそうか。でないと世界が滅びてるもんな」


 頷く藤咲に向かって、希美は面白がるように告げる。


「ああ、世界は救われたんだ。地球防衛部の活躍によって」


 その名称を出すと、藤咲は目を丸くした。


「地球防衛部ってあの……?」


 それは陽楠学園の生徒なら知らぬ者などいないはずだが、決して良い意味ではない。

 彼らは常日頃から、変わり者扱いされていて、部活もまた学園名物として笑い話のタネにされているのだ。


「そういやぁ未来さんも、その名前を口にしていたような……」

「君がどう思っているのかは知らないが、地球防衛部はヒーローごっこに明け暮れている変人の集まりじゃない。本物のヒーローたちなんだ。創設以来、彼らが世界を救ったのは一度や二度じゃない」


 やや得意げに説明すると、藤咲は大いに驚いたが、それでも事実を拒絶しようとはしなかった。


「マジかよ……。なんでそんなすげー部活があるんだ……?」


 不思議そうにしきりに首を捻ってから、思い出したように希美に言う。


「つまり、お前もその地球防衛部の一員ってわけだな」


 この言葉に希美は露骨に目を逸らした。


「違う」

「え?」


 目を丸くする藤咲。


「けど、未来さんはお前を見て……」

「確かにプレアデスは地球防衛部の備品だけど、わたしは入部してない……というかできていない」


 後半の言葉は小声になっていた。


「どういうことだ?」

「いや、それは……」


 言いにくそうに顔を背ける希美。脳裏にはその日の光景が甦っていた。

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