「小夜楢未来は魔術を生業とする家柄の娘だ。子供の頃から、それなりに才覚もあって天才と持て囃されていたが、彼女の父が禁忌の扉を開いてしまったことで、すべてが一変した」
「禁忌の扉?」
「世界の秘密の一端を解き明かしたんだ。でもそれは、世界を危うくさせるに十分なものだった」
「世界を危うくさせる知識か。漫画みたいでピンと来ないな」
「まあ、そうだろうな」
希美は苦笑した。世間一般では超常の力など存在しないことになっているのだ。事実の一端を目にしたからといって、急に感性は変わるまい。
「未来の父は、その知識を封印することを決意したが、それだけでは不十分と考えた奴らがいた」
「奴ら?」
「世界に数多存在する魔術結社のひとつさ。そいつらは刺客を差し向けて未来の両親と同居していた親類縁者、さらには使用人を惨殺し、子供だった未来も殺そうとしたが、幸か不幸か彼女は逃げ延びることに成功した」
「いや、助かったのなら、不幸ってことはないだろ?」
藤咲は当たり前のように口にしたが、希美は苦笑いを浮かべただけでコメントは避けた。
「とにかく彼女は逃げ延びはしたが、それ以来、追っ手に命を狙われ続けることになった」
「ひでえ話だな。助けてくれる奴はいなかったのかよ?」
「追っ手は巧妙だったのさ。最初の襲撃で、すでに未来は死んだことにされていた。死んだとなれば、それを悲しむ者はいても、助けようとする者はいない」
「えげつねえな……」
顔をしかめる藤咲。お調子者だが、こういうところでは人の良さが垣間見える。
「何も知らない未来は孤立無援で、生き延びるために追っ手と戦い続けることになった。最初は無我夢中で相手を返り討ちにしていたが、いつしかそれは復讐の喜びへと変わっていったんだ」
昂ぶる感情を抑えるために、希美は少しだけ間を空けた。軽く息を吐いてから、遠い目をして口を開く。
「彼女は敵をひとり殺すごとに禁呪を使って相手の命を奪い取り、自らの力へと変えていった。さらには禁忌とされた父の研究成果を紐解いて、ついには世界を滅ぼす存在を喚び出すことを決意したんだ」
「世界を滅ぼす存在?」
「そいつは神獣と呼ばれている。まあ、破壊神みたいなものだな」
「んなもんがいるのかよ……」
漫画やゲームではありがちな存在だ。それだけに藤咲もイメージしやすいだろう。
「今から六年前、未来はこの陽楠学園を祭壇に見立てて神獣の召還を試みた」
「この学園で?」
驚いて辺りを見回す藤咲。もちろん痕跡など残っていないし、祭壇が築かれたのはここではなく隣の校舎の屋上だ。
「もちろん失敗したんだけどな」
「そりゃそうか。でないと世界が滅びてるもんな」
頷く藤咲に向かって、希美は面白がるように告げる。
「ああ、世界は救われたんだ。地球防衛部の活躍によって」
その名称を出すと、藤咲は目を丸くした。
「地球防衛部ってあの……?」
それは陽楠学園の生徒なら知らぬ者などいないはずだが、決して良い意味ではない。
彼らは常日頃から、変わり者扱いされていて、部活もまた学園名物として笑い話のタネにされているのだ。
「そういやぁ未来さんも、その名前を口にしていたような……」
「君がどう思っているのかは知らないが、地球防衛部はヒーローごっこに明け暮れている変人の集まりじゃない。本物のヒーローたちなんだ。創設以来、彼らが世界を救ったのは一度や二度じゃない」
やや得意げに説明すると、藤咲は大いに驚いたが、それでも事実を拒絶しようとはしなかった。
「マジかよ……。なんでそんなすげー部活があるんだ……?」
不思議そうにしきりに首を捻ってから、思い出したように希美に言う。
「つまり、お前もその地球防衛部の一員ってわけだな」
この言葉に希美は露骨に目を逸らした。
「違う」
「え?」
目を丸くする藤咲。
「けど、未来さんはお前を見て……」
「確かにプレアデスは地球防衛部の備品だけど、わたしは入部してない……というかできていない」
後半の言葉は小声になっていた。
「どういうことだ?」
「いや、それは……」
言いにくそうに顔を背ける希美。脳裏にはその日の光景が甦っていた。