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第10話 彼女と出会った日

 希美が入学式のできごとを思い返していたその時、奇しくも同じことを思い返している少女がいた。

 彼女の名前は月見里やまなし朋子ともこ。地球防衛部の部長を務める二年生だ。

 部長とは言っても現在のところ他に部員はいない。

 できることなら本年度の新入生を勧誘したかったが、部の特性上新人の確保は極めて難しい。

 なにせ世間一般では存在が隠蔽されている凶暴な怪物とガチで殺し合ったりする部だ。正義の味方に憧れる純真なだけの男子高校生ていどでは務まるものではない。

 しかし、ひとりだけ入部してくれそうな新入生と入学式で出会っていたのだ。



 入学式当日、本来であれば生徒会役員以外の二年生は休みだったが、朋子は朝早くから登校して、顧問の教師とともに部室へと向かった。

 今後の活動に備えて備品の手入れをするためだ。

 魔術師でもあり、裏社会にも通じた顧問の話によれば、とある筋から助っ人が派遣されるとのことだが、新入部員が確保できなければ、彼を含めても三人だけで怪物退治に励まなければならない。

 厳しい状況だが、続けると決めた以上は、部長としてできる限りの備えをしておきたかった。

 なにせこの陽楠市は嫌になるくらい、怪事件が頻発する町だ。裏社会では怪物のメッカなどという、ありがたくない呼ばれ方をしている。

 もちろん世界には、その手の事件を専門に扱う組織も存在していたが、彼らは常に人手不足で対処が遅い。任せておいたら被害が拡大するのは必至で、そもそも彼ら自体が地球防衛部を頼りにしているという体たらくだ。

 たかが高校の部活が、魔術や異能を操るような者たちから一目置かれているのには、もちろん理由がある。

 それは地球防衛部の備品――アースセーバーと名付けられた金色の武具が持つ、世界最強クラスの能力にあった。

 これらの武具は威力もさることながら、絶大な魔力によって手にした者を超人と化す力を持つ。

 超人と化した部員の力は、裏社会において世界最強の武力集団と謳われる、円卓の騎士に匹敵するとさえ噂されていた。

 実際、朋子もその武器の力で何度となく危険な怪物と渡り合ったが、この部活に入るまでは、ごく普通の少女に過ぎなかったのだ。

 それほどまでに強力な武具だが、これを扱えるのは地球防衛部の関係者のみに限定されている。

 一時期、地球防衛部が部員不足によって活動休止状態に陥った時には、その力を惜しんだ円卓が接収を試みたのだが、部室から持ち出すどころか、持ち上げることさえできなかった。


「それにしても月見里。休日返上で武器の手入れとは感心だな」


 隣を歩いている顧問が無感動に告げる。


「油を差す必要さえない武器だから、整備って言っても状態を見るくらいしかすることないですけどね」

「あれは汚れることすらないからな。だがまあ、何もしないよりはよほどいい。そういった心構えこそ、部活戦士として大切なことだ」


 やはり無愛想な顔で言うが、べつに怖いタイプの男ではない。

 むしろバカである。

 なにせ朋子が部員不足について相談すると、


「めぼしい生徒を見つけて洗脳しよう」


 などと真顔で言う男だ。

 とりあえず足を踏んづけたら、涼しい顔のまま「軽い冗談だ」とつぶやいたが、とにかく変な男なので今ひとつ信用できない。

 名前は西御寺さいおんじ篤也あつや

 実年齢はそろそろ四十に手が届くはずだが、傍から見る限り、二十代半ばにしか見えない。老化が遅いのは強力な魔力使いの特徴だが、ここまで遅いのは稀だ。それは彼が並外れて強力な魔術師の証明ではある。

 容姿には問題がない。控えめに言ってもハンサムだ。やや愛想が乏しいが、それが似合う男でもあった。

 だが、女生徒の人気は今ひとつである。

 その理由は、常日頃から彼が腕に乗せている動物のせいだろう。

 種別は鳥だ。

 ただし、鷹や鷲のようなカッコイイものではない。

 どこからどう見てもニワトリだった。

 色は茶色。尻尾は黒くてトサカは赤い。名前はよりにもよってコカトリス。

 ゲームなどでおなじみのモンスターの名前で、石化ガスを吐くことで知られている嫌な敵だ。

 篤也の話では、たまたま拾ったので面倒を見ているとのことだが、飼うのはともかく、わざわざ腕に乗せて連れ歩くのは、さすがにいかがなものだろうか。

 授業中は大人しくて鳴き声も上げないが、さすがに羽毛は落とすため掃除の手間が増える。

 幸い校内に羽毛アレルギーの生徒はいないようだが、新入生にいたらどうする気なのか、ちょっと気になるところだった。

 こんなおかしな男だが、いちおう顧問としては優秀だ。

 魔術師だけに超常現象に関する豊富な知識と、魔術を含む戦闘スキルで常に部員をサポートしてくれる。


「わたしに戦士なんて言葉は似合わないけど、今日は暇だし、みっちり点検するとしますか」


 一口に金色の武具アースセーバーといっても種類は様々で、剣や槍といった分かりやすいものから、あまり馴染みのない武器や用途不明な道具まで含まれている。

 しかもそれぞれには隠されたギミックが仕込まれていることも多く、使い方を把握できているものはごく一部だ。その研究をしているだけでも時間は簡単に溶けていくことだろう。

 そんなことを考えながら部室に入った朋子だが、そこでは意外な出会いが待っていた。

 金色の武具アースセーバーの一振りである金色の大鎌を手にして、隠し倉庫から出てきたのは、驚くほど綺麗な黒髪の少女だった。


「あ、あの……わたしは怪しい者じゃありません」


 声もまた音楽的で聴いているだけでも心地良い。真新しい制服を着ているところを見ても、ほぼ間違いなく新入生だろう。

 なぜ金色の大鎌を手にしているのかは分からないが、金色の武具アースセーバーを手にできているということ自体が少女が危険な存在ではないことの証明だ。

 いろいろ謎ではあるが、朋子にとって重要なのは、待望の新入部員が向こうから来てくれたということだ。

 素直に喜ぶ朋子だったが、そこで篤也が厳しい顔を見せる。


「待て、見覚えのある娘だ」

「え……?」


 一年生の女子は篤也に射すくめられて青ざめた。


「間違いない。その、見覚えがある」


 篤也の顔はどこまでも真剣だったが、それだけに無用な迫力がある。もちろん変質者的な迫力だ。当然ながら一年生は自分の胸を庇うようにして震えあがった。


「セクハラすなっ!」


 朋子は慌てて篤也のつま先を思い踏んづけたが、すでに手遅れだった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」


 一年生は痴漢か、いっそ殺人鬼にでも遭遇したかのような悲鳴をあげて、部室の扉を抜けて外へと走り去ってしまった。金色の鎌を抱えたままで……。


「気のせいか? いや、確かに記憶に引っかかるものがある。あの膨らみは以前どこかで……」


 篤也は朋子に踏まれたつま先を痛そうにさすりながらも、とことん真顔でつぶやいている。

 呆れ返って大きく溜息を吐きつつも、この時は朋子もそれほど気にはしなかった。彼女が新入生なら誤解を解く機会なんて、いくらでもあると思っていた。



 回想を終えて、朋子は深々と溜息を吐いた。

 あれからふた月。新入生の名前とクラスはもちろん分かっていたが、未だ入部には至っていない。

 何度か様子を見に行ったものの、彼女は朋子と顔を合わせる度に脱兎の如く逃げ出して、とても話を聞いてくれそうになかった。

 しかも、あの日以降の彼女は制服の上にフードの付いた水色のパーカーを着ている。おそらく――いや、間違いなく篤也対策だろう。

 どうやらバカな顧問のセクハラ発言が、すっかりトラウマになってしまったようだ。

 もう一度深々と溜息を吐くが、やはりあの娘のことはあきらめきれない。

 今度は少々強引に、自宅にでも押しかけようか――そんなことを考えている朋子だった。

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