放課後の屋上で入学式当日を思い返していた希美だが、それを藤咲に説明する義理はない。
「いや、教えろよ? なんか訳ありなんだろ?」
心を読んだかのように藤咲が言うが、希美は無視して話を戻した。
「そんなことより、未来のことだ。あいつがもし本物なら、とんでもない殺人鬼だし、ニセモノだったらだったでタチの悪いペテン師だ。よりにもよって世界を滅ぼしかけた魔女の名を騙ったんだからな。そんな奴に惚れるだなんて、まともじゃない」
当たり前の事実を突きつけるが、藤咲は動じない。
「そんなことねえよ。俺は彼女の目を真っ直ぐに見たんだ。とても澄んだ綺麗なあの瞳。あれは悪い人間の目じゃねえよ」
「目を見ただけで人の性根が分かれば苦労はない」
「だけど人間ってのは、時として言葉にできねえなにかを感じることがあるだろ? 俺は感じたんだ。彼女の清らかな心と、淋しさみたいなもんを。あの人がもし本当に、お前が語った小夜楢未来さんなら、傷ついているのは当たり前だ。もし、そのせいで周りが見えなくなっているなら、俺が手を差し伸べて、その闇から助け出してやる!」
威勢良く宣言する藤咲。やや夢見がちすぎる気はしたが、心根は意外に純粋なようだ。そこだけは認めつつも、希美は大事な点を繰り返し告げる。
「あれは本物の未来じゃない」
「だとしても、悲しみを抱えているのは間違いない」
「手を差し伸べたところで、向こうがそれを喜ぶとは思えない。殺されるぞ、君が」
「上等だよ。俺はこの恋に命を懸けてるんだ!」
頑固な藤咲の態度には嘆息するしかない。希美は説得をあきらめて問いかける。
「それで、わたしに何をしろと?」
「未来さんともう一度会いたいんだ。捜すのを手伝ってくれ」
「手伝えと言われても、わたしも会ったのはあれが初めてだ。どこにいるのかなんて見当もつかない」
「けど、俺ひとりじゃ、どこをどう捜せばいいのか……」
「それはわたしだって似たようなものだ」
希美は溜息を吐いた。なんだか、こいつに関わっていると溜息ばかり吐く羽目になりそうだが、放っておくとそのうちどこかで本当に、あの魔女と遭遇して殺されそうな気がする。さすがにそれは寝覚めが悪い。
「手伝うにあたって条件がひとつある」
しかたなく希美が告げると、藤咲は期待に満ちた眼差しを向けてきた。
「なんだ?」
「絶対にひとりでは未来に会おうとしないこと。もしひとりの時に見つけても話しかけたりせずに、まずはわたしに連絡することだ」
藤咲は少しだけ迷ったようだが、しっかりとうなずいた。
「善処する」
「約束しろっ」
怒鳴りつけると、藤咲はたじろぐようにのけぞった。希美は噛みつきそうな勢いで捲し立てる。
「正直わたしは君なんかが死のうが生きようが、どうでもいい! だけど、関わった以上、勝手に死なれると迷惑なんだ! 寝覚めが悪くなる!」
「それって、普通に死んで欲しくないって意味じゃないのか」
なぜかそういうところだけ、冷静に指摘してくる。希美は頬を赤らめながら続けた。
「ちゃんと約束できないなら、手助けはしない。約束しても、一度でもそれを破ったら、その後は同じことだ」
藤咲は希美の顔をじっと見つめてくる。その目を真っ向から見つめ返していると、藤咲は腕を組みつつ深々と溜息を吐いた。
「しょうがねえな。それで勘弁してやるよ」
「なんで頼んでる側が偉そうなんだ!? わたしをバカにしてるのか!?」
「いやいや、バカにしてるなんてとんでもねえよ。たった今から俺たちは相棒なんだ。俺の恋愛成就のためにお互いに助け合わねえとな」
「なにが相棒だよ!? わたしにメリットないよな、これ!」
「そんなことはないさ。希美、俺の幸せは君の幸せなんだから」
無駄にいい顔で謎理論を展開する藤咲。
「やっぱり君はただのバカだ! 君なんかが幸せになったって、わたしは全然幸せじゃない!」
「じゃあさ、俺の恋が成就したら、今度は君の恋のサポートをしよう。これなら、ちゃんとイーブンだろ?」
「…………」
「どうした?」
黙り込んだ希美の顔を覗き込む藤咲。やや後ろに下がって希美は項垂れた。
「それは無理だ」
「なんで?」
「あの人には彼女がいるから……」
消え入りそうな声でつぶやく。
「てことは、意中の相手は、ちゃんといるんだな。どんな奴なんだ?」
「すごくカッコイイ人。わたしは昔、その人に助けられて憧れた。あんなふうになりたいって……」
「意外に乙女だな」
感心したように言われたことで希美は我に返って赤面した。よけいな情報を与えてしまったことに気がついたのだ。
「ほっといて!」
そっぽを向くと、藤咲は苦笑を浮かべた。
「分かったよ。ライバルがいたってあきらめることなんてないって口で言うのは簡単だけど、さすがにこればっかりは第三者が図々しく首を突っ込める問題じゃなさそうだ」
物わかりの良さそうなことを言ったあとで藤咲は続けた。
「しかたがない。ここは一方的に俺を助けてもらうとしよう」
とことん身勝手なことを言われている気もしたが、いい加減面倒になっていた希美は、あきらめてうなずいた。
「もうそれでいいから、約束だけは守ってくれ」
「ああ、善処する」
「無限ループか!!」
さらに怒鳴りつけたあと、再び同じようなやり取りを繰り返した挙げ句、最後は誓約書まで書かせて、ようやく話がまとまったのだった。