その日、地球防衛部は待望の新入部員を迎えた。例の一年生ではない。篤也が手配していた助っ人の方だ。
「円卓より派遣されたエイダ・アディンセルです」
澄まし顔で挨拶したのは、小柄な朋子よりもさらに背の低い一年生だ。
日本人とイギリス人の血を引くハーフでダークシルバーの髪を短く切り揃えている。いかにも生意気そうな顔立ちをしているが、物腰は丁寧でそつがない。日本語も堪能のようだ。
「円卓の人ってことはもしかして……」
朋子が問いかけると、エイダが答えるより早く篤也が口を開いた。
「そうだ、彼女は世界を裏から支配する悪の秘密結社、円卓に所属するダークナイトだ。我々の内情を探るためにスパイとして送り込まれてきた人物だが、
真顔で勝手なストーリーを捏造する篤也。
エイダは少し首を傾けたあと、そのままうなずいた。
「そのエイダです。わたしが死んだら、亡骸は海の見える幕張メッセに埋めて下さい」
「いや……無理だから」
笑みを引きつらせる朋子。
「って言うか、否定しようよ。死にたくないでしょ」
「大丈夫です。続編で復活して仮面の騎士としてみなさんをお助けしますので」
「そうなんだ……」
「ちなみに私はその頃、敵に洗脳されて悪の戦士になっていると思うので、なんとか助け出して洗脳を解いて欲しい。ちなみに乙女の熱い口づけで洗脳は解ける」
淡々と続ける篤也に朋子が冷たく言い放つ。
「コカトリスのキスじゃダメですか?」
「石化するのでやめて欲しい」
篤也は自分のペースをまったく崩すことがない。呆れて嘆息する朋子。
「変人の相手はたいへんですね」
つぶやくエイダに顔を向ける朋子。
「そうなのよ。分かってくれるんだね」
言いながらその手を取ろうとすると、エイダはするりとかわした。
硬直する朋子だが、悪意はなかったらしく、慌てて理由を口にする。
「すみません、騎士の習性です」
「利き手を抑えられてはかなわんからな。
これは篤也だ。時折まともなことも口にするから、よけいにややこしい。
エイダは穏やかに微笑むと改めて白い手を差し出してきた。笑顔は意外に人懐こい。
朋子が喜んで手を伸ばすと、今度は避けることなく、しっかりと握手してくれた。
「それにしても騎士ってことは、やっぱり噂に名高い円卓の騎士なんだね」
「ええ、十二騎士には程遠いのですが、戦いにはそれなりの自信があります」
「心強いよ」
朋子は素直に感激していた。
危険な怪異から世界を守っているのはもちろん地球防衛部だけではない。
実際には各国に点在する様々な組織が、その役割を担っているのだが、円卓の騎士はその中でも世界最高峰と称されるエリート集団だ。
彼らの中で最強の十二人が「十二騎士」の称号を与えられているが、こちらはもう文字どおり地上最強と同義である。
もちろんエイダは、その中に含まれてはいないが、彼女の師匠が十二騎士だ。いわば逸材中の逸材だった。
「もうなんていうか高校の野球部にベーブ・ルースが入部してくれたようなものだよ」
朋子の大仰な反応を見てエイダが苦笑する。
「オーバーですよ。わたしなんてまだまだ半人前です。ここに来たのだって助っ人というよりも修行のためです。なにせ、この町は怪物の宝庫とのことなので実戦経験を積むには最適でしょう」
「怪物の宝庫か……。嬉しくないけど適切だなぁ」
事実なので苦笑するしかない。
陽楠市は世界を循環する霊的な力が交差する土地で、その手の場所では怪異が多発するものなのだ。
「我が師マーティン・ペンフォードは若かりし頃、異界からの脅威に対抗すべく、この部の先達と肩を並べて戦ったそうです。その時の経験は師の人生観を左右するほどのものだったらしく、わたしにも皆さんから多くのことを学んでくるようにと仰っていました」
「いやいや、先輩方は知らないけど、わたしなんて全然大したことないから」
パタパタと手を振って否定する朋子を見ても、エイダは曖昧に微笑むだけだ。初対面では、さすがにその心情までは読み取れない。
「円卓の騎士の加入は大きいが、やはり部員がふたりだけでは物足りんな」
思案顔でつぶやく篤也。
それについては朋子も同感だ。いくらエイダが強かろうと、ふたりだけでは対処できない状況など、いくらでも考え得る。
「やはりあと数名は女子部員が欲しいところだ」
真顔で続ける篤也だったが、さすがに朋子はツッコんだ。
「べつに男子でもいいでしょ。って言うか、むしろ男子が欲しいし」
「なぜだ? それではこの部をハーレムにするという私の野望が潰えてしまうぞ」
「またしょうもないことを……」
呆れる朋子。
しかし、エイダは意外に面白がっているようだ。
「つまり、綺麗どころの女子部員を集めようというのですね」
「うむ。すでに一人目を付けている一年生がいる。あの胸は捨てがたい」
「スケベ発言はやめい」
「いや、それをやめてしまったら、私のアイデンティが……」
篤也が言葉を途切れさせたのは、そこで扉をノックする音が響いたからだ。
これ幸いとバカ話を打ち切る朋子。
「どうぞー」
扉に向かって声をかけると、ゆっくりとドアを開けて見慣れない少女が顔を覗かせる。
地球防衛部にとっての部活動の始まりだった。