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第14話 あれは私が闇落ちしていた頃の話だ

「フッ……」


 自分に注目が集まったのを見て篤也は鼻で笑うような声を出したが、顔は無表情のままなのでどこかちぐはぐだ。それでも当人は気にせず、遠い目をして語り始める。


「そう、あれは私が闇落ちしていた頃の話だ」

「闇落ちしてたんかい」


 朋子がツッコミを入れると、さらにエイダが追い打ちをかける。


「今もあまりまともには見えませんが?」

「それは否定しないが、とにかくあの頃の私はぐれていた。髪型もモヒカンだったし、鼻にピアスをしていた」

「え? マジで?」

「うむ、外見はともかく、心はモヒカンで鼻ピアスだった」

「うわぁ……」


 朋子としては他に言いようもないのだろう。ただし、当の篤也は周囲の反応など、まったく気に留めていないようだ。


「私は当時、悪の秘密結社のドンをやっていた実の父親からの密命を受けて、教師としてこの学校に潜り込んだ」

「教師だと、さすがにモヒカンはマズそうですね」


 エイダが口を挟むと、篤也は律儀にうなずく。


「うむ。そういうわけでモヒカンは断腸の思いで断念した」

「でも、心はモヒカンだったんですね」


 朱里が訊くと篤也は神妙な顔でうなずく。


「その通りだ、栗じゃが。社会常識に髪型は売ったが魂までは売らなかったのだ」

「モヒカン魂って……」


 つぶやく朋子に向き直ると、篤也はやはり無表情のまま語る。


「仕事で女子高生に会えると浮かれていた私だが、任務の内容はシリアスで、この学園に現れるであろう小夜楢未来を抹殺することがその使命だった」

「どうしてその人を?」

「危険な存在だったからだ。彼女は普段は三つ編みに眼鏡っ娘と、見るからに優等生っぽい見た目をしていたが、心はアフロに口マスクのスケバンだった。武器はチェーンだ」

「そんなのばっかりですか」


 呆れる朋子。

 篤也は構わず続ける。


「かくして未来は転校生に扮して学園に現れると、当然のように騒ぎを起こした。講堂を占拠してゲリラライブを始めたのだ。すかさず私は卑怯な手を使って彼女を抹殺したわけだが、私の不名誉のために言っておくと、私が殺そうとしたのは彼女ではなく彼女の背後にいた、なんの罪もない女生徒だった。しかし、実は善良だった未来は自らの身を盾にして、その娘を庇い、身代わりとなって散っていった。結果オーライと私が小躍りしたのは言うまでもない」

「悪魔か……」


 半眼になって睨みつける朋子。エイダは無反応だったが、朱里も咎めるような視線を篤也に向けていた。

 だからというわけではないだろうが、ここで篤也はようやく表情を変える。やや自嘲気味に笑ったのだ。


「だが、けっきょく私は、そのせいで地球防衛部に叩きのめされて、命惜しさに悔恨の涙に暮れ、モヒカンをやめるに至った。今となっては何もかもが美しい思い出だ」

「えらい急展開だな……つーか、命惜しさって改心してないでしょ?」


 朋子の指摘に篤也は不本意そうな顔をする。


「心外だな。切っ掛けはともかく改心したのは事実だ。そうでなければ、こんな所にいるわけがあるまい。私が顧問に就任することになったのも前非を悔いた私に秋塚先生が贖罪の機会を与えて下さったからだ」

「そういえばちょっと前までは千里ちゃんが顧問だったんだよね」

「秋塚先生が?」


 これは朱里も初耳だった。

 秋塚千里はこの学園の体育教師で、朱里のクラスの授業も受け持っている。

 実年齢は不明だが一見すると朱里と同世代にしか見えない。制服でも着せれば新入生にしか見えないということで、生徒たちも親しみを込めて「千里ちゃん」と呼んでいる。


「すまん、話が逸れたな」


 篤也は唐突に真面目な顔をすると話を戻した。


「とにかく小夜楢未来は死んでいる。魔術師殺しの異名を持つ武器、呪黒四尖槍カースドパイルで串刺しになったのだ。あれには体内の魔力を猛毒に変える力がある。力の強い魔力使いほど致命的だ」

「では、誰かがその人の名前を騙っているのでしょうか?」


 朱里が思いつくのはそれくらいだ。

 検討するような顔をする篤也。

 彼が答えるより先にエイダが自分の意見を口にする。


「分かりませんね。騙りだとしても、どうしてその名を騙るのかが謎です」

「そうだな。その実力に反して未来の知名度は低い。ハッタリとしての効果は期待できんだろう」


 うなずく篤也。


「とにかく情報が少なすぎるし、まずは現場に行ってみない?」


 朋子の提案は合理的だった。

 篤也とエイダが頷くのを見て、朱里が口を開く。


「案内します」

「いいの? わたしたちは助かるけど、あなたにとっては怖い場所でしょ?」

「それは……怖いですけど」


 本音を言えば、あの裏道には二度と近づきたくない。しかし、だからこそ、このような事件は一刻も早く解決して欲しかった。


「このままにしておくと、もっと怖いから……」


 朱里が胸の裡を簡単に説明すると、朋子は感心した様子だった。明るく、頼もしい笑みを浮かべると、しっかりうなずきを返してくる


「うん、分かった。でも、安心してちょうだい。あなたのことはわたしたちが必ず守るから。ね、みんな?」


 その言葉にエイダと篤也がうなずく。

 なぜか同じタイミングでコカトリスまでうなずくような仕草を見せたため、朱里はくすりと笑った。

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