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第15話 ヒーローになりたい少女

 屋上で散々バカなやり取りを繰り広げたのち、希美は藤咲を伴って校内を歩き回っていた。


「さっきから、何をしてるんだ? 落ちてる金でも探しているのか?」


 おそらく暇を持て余しているのだろう。そうでないと分かりきったことを藤咲が訊いてくる。希美は煩わしそうに睨みつけると、それでも律儀に答えを返した。


「力の痕跡を探しているんだ。あの魔女は最初から君らのことを、よく把握していたからな」

「俺のことを?」

「君らのことをだ」


 希美は彼がバカな勘違いをする前に、相手の言葉を訂正してから続けた。


「墓石に級友達の名前が書いてあっただろ」

「ああ、そういえば……」

「魔術による暗示をかければ難しい芸当でもないが、あの墓石はわたしにも見えていた。言うまでもないことだが、わたしにはその手の暗示はまず効かない」

「そこは、そんなつまらなそうな顔じゃなくて、どや顔で言ってくれ」

「疲れる奴だな君は」


 疲れたように――というよりも、この男につき合っていると本気で疲れを感じて、希美は肩を落とした。とくに拘泥することなく藤咲は次の疑問を口にする。


「あの訳の分からない空間はなんだったんだ?」

「結界の内部に作った仮想世界だ。それなりに魔力を必要とする芸当だから、相手が並の魔術師でないのは確かだけど……話が飛んでないか?」

「うん?」


 首を傾げる藤咲。しばし考え込んだ末にポンと手を打ち鳴らした。


「そういや、何をしてるのかって訊いてたんだったな」

「ああ、それでわたしは言ったんだ。魔女が君らのことをよく把握していたって」

「つまり、未来さんは学校の関係者ってことか?」

「そこまでは分からないが、なんらかの方法で情報を得ているはずだ。そう思って魔力などの痕跡がないかと調べて回っているんだが……」

「見当たらないのか?」

「逆だ。魔力の痕跡が多すぎて分類できない」

「多すぎる?」


 首を傾げる藤咲。

 希美は軽く溜息を吐いた。


「昔から、ここの生徒には異能の力を持つ者が多いんだ」

「異能って……超能力的な?」

「ああ。そういう手合いを幻想使いファンタジスタって呼ぶんだけど、その大半は本人も気づかないくらいの弱い力しか持たない。しかも無自覚に力を発動させるから、痕跡だけは無駄にハッキリと残っているんだ」

「へえ……さすがにそいつは驚きだぜ。けど、だとしたら……」


 何かを思いついたらしく藤咲は真剣な顔をして語り始めた。


「もしかして俺にも何か、すげえ力が秘められていて、未来さんはその覚醒を促すために、あえて骸骨をけしかけてきたんじゃないだろうか? そう、たとえばその力が人類を守るために必要なものってのはどうだ?」

「漫画の読み過ぎだ」


 中二病的設定をザックリ切り捨てる希美。顔をしかめて藤咲は言い返してくる。


「大鎌で敵をバタバタ薙ぎ倒す女に言われたくないぞ」

「わたしは、そういうノリでやってるんじゃない」

「じゃあ、どういうノリだ?」

「わたしはヒーローになりたかっただけだ」


 答えてから希美の顔はみるみる真っ赤に染まっていった。自分で言っておきながら、言葉にすると確かに藤咲のノリと大差なく思えてきたのだ。

 しかし、藤咲は茶化すこともなく不思議そうに問いかけてくる。


「なんで女の子の君が、そんなものを目指してるんだ?」


 希美は彼から視線を逸らすと、背中のカバンを下ろして両腕に抱え込んだ。そのまま校舎の壁にもたれかかって遠い目を虚空に向ける。昨日とは打って変わって、気持ち良く晴れた空が広がっていた。


「昔……いや、それほど昔でもないけど、わたしは闇の中にいた。何も信じられずに心を閉ざして世界さえ呪っていた。だけど、そんなわたしに手を差し伸べてくれた人がいたんだ」


 憧れと愛しさ――それは切なさにも直結する感情だ。その想いを噛みしめながら希美は続けた。


「その人は金色の鎌を手にして群がる魔物を薙ぎ倒し、わたしの心の闇まで切り払ってくれた。わたしは彼の姿に憧れた。あんなふうになりたい。あんなふうに輝きたいって、心の底から思ったんだ」

「それが君の惚れてる人か」


 藤咲は意外にやさしい声でつぶやいた。片方の眉を軽く上げると、苦笑しつつうなずく。


「確かにそれは俺のノリとは違うよな。ごめん、ちょっとふざけてた。俺に力なんてあるわけねーのによ」


 少しだけ残念そうに頭を振る藤咲。その姿を見て希美はなんとなく悟った。確かにふざけていたかもしれないが、藤咲には彼なりに力を欲する理由があるのだ。

 本当にあの魔女に恋をしたのであれば、彼女を止めるにせよ説得するにせよ、戦う力はあった方がいい。


「大丈夫だ、藤咲。君のことはわたしが守る」


 希美が告げると、彼は照れくさそうに鼻をこすった。


「ああ、頼むぜ、恋のキューピッド」

「いいけど、恋の成就にまでは責任が持てないわよ・・

「…………」


 藤咲は、ややポカンとしたような顔で希美を見る。


「お前、もしかして、そっちが地か? 無理して男っぽい喋り方してるのか?」

「うっ……」


 呻いたあと、希美は頬を赤らめつつそっぽを向く。


「いいだろ。ヒーローになりたいんだから」


 告げると、藤咲は意外にアッサリうなずいた。


「そうだな。ヒーローなら、ぶっきらぼうな方が強そうで箔がつく」

「そういうことだ」


 希美は壁から背を離すと、改めてカバンを背負い直す。


「藤咲、君は聖さんの家を知ってるか?」

「深天の?」

「魔女は彼女の特異な力を見ても驚かなかった。もしかしたら最初から彼女が狙いだった可能性もある」

「なるほど。なら、先生に訊いてくるよ。欠席者にプリントを届けに行くって言やあ教えてくれるだろ」

「分かった。そういうのは任せる」


 希美は基本的に人と話すのが苦手だ。教師にその質問をするだけで、しどろもどろになる自信がある。その点、藤咲は口が上手く、そういったことが得意そうだ。

 軽い足取りで職員室に駆けていく藤咲を見送っていると、見覚えのある一団が文化部棟から校門の方に歩いて行くのが見えた。


「あれは部長と北さんか?」


 もうひとり知らない女生徒もいたが、朋子と一緒にいるところを見ると新入部員かもしれない。


「北さんは地球防衛部を頼ったか」


 賢明な判断だと思える。できれば合流したい希美だったが、彼らの顧問とは顔を合わせたくない。ひとまずは黙って見送ることにした。

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