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第16話 現場調査

 スクールバスは時間が合わないので、朋子たちは篤也の車で駅前まで移動することにした。

 さすがに運転中は邪魔になるためニワトリは朋子の膝の上にいたが、駐車場に着くと当然のように篤也の腕に戻る。


「先生、それって疲れないですか?」


 ふと思いついて朋子が問う。


「代わってくれるか?」

「イヤです」


 即答すると篤也は微妙に悲しそうな顔をした。

 案内を引き受けてくれたとはいえ、さすがに朱里は怯えた様子だ。

 朋子が手を繋ぐと多少は不安が紛れたのか、弱々しい笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ、朱里。わたしたちがついています」


 淡々とした口調で励ますエイダ。出で立ちはセーラー服のままだが、背中には堂々と長剣を背負っている。非常識なわけではない。鞘に込められた魔力が人々の認識を阻害するため、一般人にはそれが武器であることにさえ気づけないのだ。

 魔力の強い人間には効果がないが、裏社会の人間でもない限り、そんな手合いはなかなかいない。

 エイダは朱里の指し示す方向に率先して進んでいく。細い路地裏は当然ながら一本道で、入り口まで来れば、あとは案内さえ必要なかった。

 路地裏という言葉の響きから、朋子はもっと不健康な場所をイメージしていたが、意外に明るく、柄の悪い連中がたむろしているわけでもない。


「魔力が残留していますね」


 立ち止まってエイダがつぶやく。

 篤也は難しい顔をすると、そのまま黙考した。その腕では普段は彫像のように動かないニワトリ――コカトリスが退屈したようにアクビをしている。


「どうしたの、先生?」

「魔術の痕跡があるのだが、術式のクセに覚えがある。この魔力の質にもな」

「それってまさか……」

「小夜楢未来……まだ本人とは断定できんが、どうやらただのモノマネではなさそうだ」


 朋子はエイダと顔を見合わせた。


「もし本物だったら、ヤバイのではないですか? 先生って彼女の仇なわけですし」

「私を狙ってくるなら、むしろ好都合だが、実際に襲われたのは栗じゃがたちだ。もし本物であるならば今さら悪事に手を染めるとも思えぬのだが……」

「黄泉返りでしょうか?」


 エイダの言葉に朱里がギョッとする。


「よ、蘇りって……?」


 一般人の少女には衝撃的な言葉だったのだろう。もっとも、それはそのままの意味ではない。


「この世には歪んだ魔力から生じるマリスと称される魔物がいるのですが、黄泉返りとは死者の骸がマリスと化して動き出すことを言います。厳密には生き返ったわけではないのですが、多くの場合生前の知識を引き継いでいて、それが魔術師であれば魔術を操ることも少なくありません」

「そ、そんなことが……」


 青ざめる朱里。

 無理もない話だ。人間にとって亡者の類いは、ただの怪物以上に恐怖を刺激する存在なのだから。


「大丈夫?」


 朋子が心配して声をかけると、朱里は弱々しげにうなずいた。


「はい、なんとか。……でも、正直まだどこかで信じ切れていないんです。魔物なんてものが、この世に実在してるなんて……」

「無理もないね。世間一般ではいないことにされてるし」


 朋子が答えると、篤也がその理由を簡単に説明する。


「神秘の存在は秘密にせねばならんのだ。その実在を知る人間が増えすぎると怪物が生まれやすくなってしまうからな」


 普段はいい加減なことばかり言っている篤也だが、さすがにこういうときは嘘は吐かない。


「栗じゃがも、今回のことは、なるべく秘密にすることだ。超常の話は、ただでさえトラブルの元になりかねんのでな」

「は、はい……」

「大丈夫だ。相手が何者であろうと我々が必ず君を守る。心配は無用だ。地球防衛部に解決できなかった事件は過去にひとつもないのだ」


 篤也はめずらしく頼もしさを感じさせる笑みを見せた。


「はい、先生」


 朱里の表情は少しだけ和らいでいる。


(そういういい顔ができるなら、普段からしておけばいいのに)


 朋子は短く嘆息した後、気持ちを切り替えて、これからのことを考えた。

 篤也は朱里を安心させるためにあえて安請け合いをしたようだが、この事件はまだ解決の糸口すらつかめていない。

 敵の狙いが分からないのはもちろんのことだが、地球防衛部はまだ、肝心の敵と出会えてさえいないのだ。

 ここからどうすべきか――ひとまずそれを三人で考える必要がありそうだった。

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