希美と藤咲は学園近くの駅から電車に乗って深天の自宅に向かっていた。
一昔前はガラガラで、せいぜい二両編成だったローカル鉄道も、今ではそれなりに乗客が増えて車両も倍になっている。
流れる景色は相変わらずのどかだが、住宅街は確実に広がり、新しい建物が増えてきていた。
シートには空きがあるが、深天が暮らす町までは十分とかからない。わざわざ座る必要を感じず、ふたりとも扉の前に陣取っている。
希美が流れる風景を前に感傷的な想いを抱いていると、対面に立つ藤咲がぼんやりとした顔で口を開いた。
「未来さんの目的ってなんだろう? なんで俺らなんて襲ったのかな」
「さあな……ただ、目的はともかく殺意はなかった気がする」
「そうなのか?」
藤咲は意外そうな顔をした。いくら未来が好きでも、あの時に感じた死の恐怖は本物だったのだろう。
希美は扉に背を預けて、その日のことを思い浮かべる。
「あの女は、ことさら演出に拘っていた。墓石に名前を書いたり、わざわざ骸骨に似せた怪物を操ったり。殺すだけなら、あんな回りくどい方法を採る必要はない」
「骸骨に
「違う。君らが好きなゲームに、死体が動き出して人を襲うスケルトンってモンスターが出てくるようだけど、あの女が操っていたのは人骨に似せただけの
藤咲はしばし目を丸くしたあと、ホッとしたように微笑む。
「そうか。やっぱり、未来さんはそんなに悪い人じゃないのかもしれねえな」
「可能性の話だ」
あまり期待させすぎないように希美は釘を刺した。その上で自分の心証を告げる。
「それに、殺意がなくても、そこには何か良からぬ思惑があったはずだ。善意で人を襲うはずがないからな」
「けど、平気で人を殺すような人じゃないなら、説得できる可能性も小さくはないだろ」
楽観的なことを言っている割りには、藤咲の眼差しは意外に落ち着いて見える。おかしな男ではあるが思っていたよりは冷静な人物かもしれない。
「いちおう言っておくけど、あの魔女には仲間がいるかもしれない。場合によっては黒幕は別ってこともあり得る」
「黒幕が別にいたなら、彼女は利用されてるだけってことも……」
案の定、都合のいい発想をする藤咲。
希美は溜息まじりに、もう一度釘を刺した。
「それも可能性の話だ」
「分かってるって。黒幕の有無は彼女の人間性の判断材料にはならねえもんな」
「そういうことだ」
そこで会話が途切れ、車内に静寂が戻ってくる。
レールに揺れる列車の音だけが響く中、再び窓の外に視線を向けると、そこに自分の顔が映っていた。
いつもどおりの見慣れた顔だ。前髪の処理がやや気に入らないが、理容店の店員の笑顔を思うと、どうにも変えづらい。
今はフードの下に隠れているが、艶やかな黒髪は母親譲りのものだ。
あの小夜楢未来も黒髪を真っ直ぐに伸ばしていたが、改めて思い返すと、多少なりとも自分に似ていた気がする。
彼女の正体については希美も気になっていたが、今のところ思いつくことはない。
考え込んでいるうちにも目的の駅が迫ってきて、車内にそれを告げるアナウンスが鳴り響いた。
そのタイミングで藤咲がポツリとつぶやく。
「彼女の目は本当に綺麗だったんだ。だけど、ひどく淋しげだった……」
おそらくはひとり言だろう。答えを必要としているようには思えず、希美は何も答えなかった。