市の中心である陽楠駅の手前、
どうやら彼女は反対方面から戻ってきたところのようで、会いに行く手間が省けた形だ。
「あら、昨日わたしに格ゲーで大敗を喫した藤咲くんに、猫かぶりの大鎌使いであらせられる、雨夜さんではないですか」
昨日のダメージなどまったく感じさせない明るい笑顔で、深天はいつもどおりの毒舌を吐いた。
「元気そうだな、どくどくシスター」
顔を引きつらせつつ言い返す希美。
「なんかそれ、某有名RPGのモンスターみたいだな」
藤咲はそのモンスターを真似たポーズをしてみせるが、深天は優雅な微笑みで受け流すだけだ。
「どくどくシスター」
希美がもう一度繰り返しても、その笑顔にはヒビひとつはいらない。なんとなく面白くないので藤咲は綽名をアレンジして口にした。
「どくどくオッパイ」
「誰がどくどくオッパイかーーーっ!」
すさまじい形相で怒鳴りつけてくる深天。構内の視線を一身に集めたことに気づいて、彼女は真っ赤になったが、藤咲は満足してビット親指を立てた。
「ナイス、オッパイ」
「意味不明ですわ!!」
またしても怒鳴ってしまう深天。
ふたりが周囲の注目を集める中、希美はいつの間にか離れた場所のベンチに座り、パーカーのフードで顔を隠している。
要領のいい女だと感心していると、深天は何を思ったか希美の所まで歩を進めて、そのフードを勢いよくめくった。さらに恥も外聞もなく叫ぶ。
「どくどくオッパイ!」
人々の好奇の視線が当然のように集中する中、希美は長い黒髪を振り回しつつ悲鳴染みた声をあげた。
「自爆してまで巻き込むなーーーっ!」
真っ赤になって抗議する希美。
それを満足げに見下ろして、深天はなぜか勝ち誇る。
「オホホホホ。この状況下で、ひとりだけ綺麗な身体でいようなんて、そんな裏切りは級友として赦せませんわ!」
「おかしな表現を使うな! わたしは綺麗な身体のままだ! 乙女だ!」
「そんなに声を張り上げると、さらに注目を集めるぞー」
藤咲が親切に棒読み口調で告げると、希美は慌てて周囲を見回した。駅の構内にいた人々や駅員たちが好奇の視線を向けているのみならず、中には明らかに仲間内で笑いあっている者までいる。
希美は慌ててフードを被るが、深天は再び、それをむしり取った。
「みなさん、この顔です! 陽楠学園の雨夜希美です!」
「いやぁぁぁぁっ! イジメかぁぁぁぁっ!」
泣きそうな顔で絶叫する希美。
「深天……怖ろしい女だぜ。どうやら俺は奴を甘く見ていたらしい」
ふたりからやや離れた場所で、藤咲はひとりモノローグ口調で語るのだった。