目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第19話 おたんこなす

 錯乱した希美がとうとう駅を飛び出していったため、藤咲と深天は即座に後を追い、見事な連係プレイで彼女を取り押さえた。そのまま左右から挟み込むようにして、駅前の小さな喫茶店に連行する。

 四人席の壁際に座らせたあと、逃げ出さないように藤咲が横に座った。対面には当然、深天が腰掛けて、ホットケーキセットを三人前注文する。


「ここはわたしが奢りますわ」

「サンキュー」


 藤咲は素直に礼を言ったが、希美はもはやフードを被る気力もないのか長い髪を広げるようにしてテーブルに突っ伏したままだ。


「雨夜さんっていじり甲斐がありますね」


 深天の顔は明らかに面白がっている。


「聖職者の言葉かよ」


 藤咲は窘めるように言ってから、続けて本音を告げた。


「まったくそのとおりだけどな」

「なんと言いますか、嗜虐心をそそります」

「いじめてオーラが出てるんだ」


 ふたりして好き勝手に言ってると、ようやく希美が重たそうに顔を上げた。


「君らの方が魔女よりよっぽど邪悪に思えてきたよ」


 ジロリと睨みつけてくるが、あまり迫力はない。雨の中で大鎌を振り回していた時は野生の虎と見まごうほどに凶暴に思えたのだが、今は小動物のように弱々しい。

 ただ、こうして見ると、やはり美しい少女だ。長く伸ばしたストレートの黒髪は見るからにサラサラで思わず手を伸ばしたくなる。


「さわるなっ」

「いけね、つい本当にさわっていた」


 噛みつきそうな顔を向けられるが、これは自分が悪いと藤咲は反省する。女の子の髪に勝手にふれるなどマナー違反も甚だしい。


「だから、さわるなって!」


 身をのけぞらせる希美を見て、藤咲は再び彼女の髪に伸ばしかけていた自分の手を反対の手でピシリと叩いた。


「くそっ、俺の意識とは無関係に手が動きやがる」

「ホントだったら、医者にいけっ」

「むしろ、お祓いした方がよろしいかと」


 深天にも言われるが、もちろん本当に無自覚なわけがない。


「なんでこんなアホがクラスの人気者なんだか……」


 しみじみとつぶやきながら希美は黒髪をパーカーの中に入れてフードを被り直そうとする。その手を横からつかんで止めたあと、藤咲は流れを無視して本題に入った。


「深天、お前って何か変わった力を持っていたよな」

「わたしが持っているわけではありません。あれはハルメニウス様のお力をお借りしているだけです」


 超常の力にふれられても、深天にはとくに気後れした様子はない。普段のどこか凜とした顔に戻って静かに答えてきた。


「俺たちは、あの魔女の狙いがお前だったんじゃないかって考えているんだが」

「わたしですが……」


 少し吟味したあと、深天はその考えを否定する。


「いえ、そういうわけではないでしょう」

「そうなのか?」

「わたしひとりが狙いであるならば、何もあんなふうに大勢でいるところを襲う必要はありません。あるいはついでやもしれませんが、他のみなさんにも興味があったはずです」


 深天の言葉を吟味していると、希美が藤咲につかまれていた手を乱暴に振り払って口を開いた。


「君はどうしてゲームセンターについてきたんだ? 仮にも聖職者を名乗るなら、ゲームなんて柄じゃないだろ。それに君はあの状況下でも、ひどく冷静だった」


 詰問する希美の横顔は、つい先ほどまでとは違って剣呑なものに見える。あるいは深天が魔女とグルであるという可能性まで考えているのかもしれない。

 一方の深天は落ち着き払ったまま希美の視線を受け止めている。


「お恥ずかしながら、わたしはゲーム好きなのです。ハルメニウス様の声を初めて耳にするまでは、毎日のようにゲームセンターに足を運んでいました」

「だろうな。どう考えても、あれはゲーマーの指捌きだ」


 藤咲は昨日対戦したときの様子を思い浮かべた。クラスの仲間内ではゲームを得意とする彼が、まったく刃が立たなかったのだから、あの手のゲームをかなりやりこんでいるはずだ。

 続けて深天が言う。


「それと驚かなかったのは心構えができていたからです」

「心構え? まさか神の啓示でもくだったと言うんじゃあるまいな?」


 希美の言葉に深天はやんわりと首を振った。


「いいえ、もっと簡単な理由です」


 深天が続きを口にする前に三人分のホットケーキセットが運ばれてきて、テーブルに並べられた。こんがり焼かれた生地の上で、とろりと溶けたバターが食欲を刺激する。その皿の傍らにはコーヒーが置かれていて、深天はそれを手に取ると一口啜った。

 定番の挨拶を残して店員が去って行ったところで、改めて深天が口を開く。


「実は、あれと同様の事件は、ここ最近、近隣の学校でいくつか起きているのです」

「……え?」


 キョトンとする希美。藤咲にとっても想像の埒外だった。

 深天だけがマイペースに話を続けようとする。


「知らせてくれたのはハルメニウス教団の同志で……」

「え~~~っ?」


 再び素っ頓狂な声をあげる希美。


「君の教団って中二病的な妄想じゃなかったのか!?」

「失礼な! そんなわけないでしょ!」


 深天は聖職者然とした澄まし顔から一転、素に戻って抗議する。


「けど、そんな教団、名前すら聞いたことがないんだけど……」

「確かに結成されて日も浅く、宗教法人としても成立していませんが、先ほども申したとおり、神官となった者はハルメニウス様のお力の一端をお借りすることさえできるのです」


 凜とした深天の顔を希美は複雑な表情で見つめる。深天は逆に突き刺すような視線を向けて希美に訊き返した。


「そもそも、わたしよりもあなたの方が妖しい力をお持ちなのではありませんか」


 黙ってやりとりを聞いていた藤咲は、ここで横から割り込む。


「いや、あの大鎌は地球防衛部の武器なんだよ」


 この意外な答えを聞いて、深天がどのような反応をするのかを楽しみにしていた藤咲だったが、深天は驚いた様子もなく、さらに希美に問いかけた。


「それだけではないはずです。わたしの目は誤魔化せません。おそらくあなた自身が魔術に携わる者のはずです」


 深天の指摘に希美は視線を逸らした。背もたれに身を預けてうつむくと、沈んだ声で答える。


「魔術師の存在を知っているなら、ことさら訝しむような言い方をする必要はないだろ」

「それはお互い様だと思いますが」


 この言葉には取り合わず、希美は話を元に戻した。


「同志の知らせって、どんな内容だったんだ?」

「もちろん、クラスメイトが魔女の襲撃を受けたというものです。同志は直接目にしていなかったのですが、話の内容はあれに酷似しておりました。もちろん、一般人が抵抗できるはずもなく、全員が骸骨に襲いかかられたところで意識を失ったということですが……」

「怪我人や死人は出なかったのか?」


 藤咲は身を乗り出て訊ねた。彼にとって、ここは重要なポイントだ。


「ええ」


 うなずく深天の言葉に、藤咲は心の中で快哉をあげる。これは殺意はなかったという希美の言葉を裏付けるような話だ。


「普通であれば夢でも見たのではないかと考えるところですが、複数の人間が同時に同じ夢を見ることなどあり得ません。そこで同志が現場を調べたところ、そこには明らかな魔術の痕跡が残っていたのです」


 言い終えたところで、深天は再び希美を真っ直ぐに見据えた。彼女にとって希美は第一容疑者と言ったところなのだろうが、藤咲はその考えを否定する。


「いや、希美は違う。奴らの仲間じゃねえし、自作自演とか、そういうのはあり得ない」

「そう言いきれる根拠は?」


 眼光を鋭いものにする深天に向かって藤咲は胸を張って答えた。


「俺の恋を応援してくれているからだ」

「恋?」

「そうだ。俺は小夜楢未来さんに惚れた! 希美は俺のこの恋を全力で応援してくれているんだ!」


 いわゆるどや顔の藤咲。それを深天は目を点にして見つめる。しばらくそのまま呆けていたが、やがてゆっくりと視線を希美に移すと、心底理解できないという声を出した。


「正気ですか?」

「わ、わたしに訊くな」


 慌てて答える希美。


「いえ、このバカのことだから、あんな女に惚れるのはおかしくありませんが、その手助けをするなんて、とうてい正気とは思えません」

「し、しかたないだろ。ほっといたら、こいつはあの魔女に突撃ラブコールを敢行して殺されかねない」


 なんとなくふたりとも失礼なことを言っている気がしたのだが、口を挟める雰囲気でもない。藤咲はとりあえず素知らぬ顔でホットケーキをナイフとフォークで器用に切り分けて、一切れ口に運んだ。


(美味い!)


 ホットケーキを食べたのは小学生以来に思えるが、改めて食べるとしっとりとした食感が癖になりそうだ。もっと食べておけば良かったなどと思いつつ、未来がこれを作ってくれるところなどを妄想してみる。

 もちろん、男の憧れ、裸エプロンでだ……と思ったのだが、まだ告白もしていない相手に、それは不遜に思えた。

 そこでモデルを希美に代えて思い浮かべてみると、なかなかに良い感じにイメージが湧いてくる。羞恥心に頬を赤らめながら、焼きたてのホットケーキを載せたお皿をおずおずと差し出してくるのだ。

 藤咲は「ありがとう」などと礼を言いつつ、その皿を受け取ろうとして、ついつい手が別のところに……。


「この男、なんでこんなにスケベそうな顔をしてるんだ?」


 希美の声に藤咲が慌てて意識を現実に引き戻すと、ふたりの女子はあまり好意的とは思えない眼差しを向けてきていた。


「いや、べつに希美の裸エプロンなんて妄想してないし、うっかりお尻にタッチなんてしていない」


 すかさず弁明したが、深天の視線はさらに冷たくなり、希美は真っ赤になってぷるぷると震えていた。

 失言には気づいたが、どう考えても手遅れだ。藤咲は開き直って告げた。


「希美、どうせ震わせるなら肩でなくて、胸にして欲しいんだが」

「おたんこなすーーーっ!!」


 希美の絶叫が店内に響いたが、懸念していた肉体言語は飛んでこなかった……希美からは。


「ぐはぁぁぁぁーっ!」


 深天のコークスクリューが良い感じに決まって、藤咲の身体は床に投げ出された。

 テンカウントを待つ必要もない。藤咲のKO負けだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?