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第20話 告白は突然に

「まあ、こんな見所もないスケベなバカのために、わざわざ体を張ろうとするようなお人好しは、疑うのもバカらしいですわね」


 深天はそんな言葉を残して駅前から去って行く。

 疲れた顔で後ろ姿を見送る希美。隣では藤咲が片手で頬を押さえながら拳を握りしめていた。


「いいパンチだったぜ、深天。やはりお前こそが俺の宿命のライバルだ」

「何度戦ったって君がワンパンで負けると思うが」

「いや、いつかは必ず俺をライバルとして……うん?」


 ふいに目を丸くすると、藤咲はフードの下の希美の顔を覗き込んだ。


「な、なに?」


 思わず身を引くと、心底不思議そうに首を傾げる。


「いつの間に服を着ちまったんだ?」

「服は最初から着ている!」

「ああ、エプロンだけな」

「エプロンなんかしてないし、最初からこの恰好だ!」

「けど、俺の海馬や大脳皮質にはハッキリと、お前の裸が……」

「な、なんなんだ君は! 破廉恥な妄想と現実を混同するな! そんなにわたしを裸にしたいのか!?」

「ああ」


 力強くうなずく藤咲。それを見て希美がよろよろと後ずさった。


「最低だ、君は」

「普通だよ。だって男子高校生ってのは脳のリソースの九割九分九厘九毛九糸を女の子の裸に傾けてるんだぜ」

「君の脳は、どこまで裸一色なんだ……」

「俺だけじゃねえ。男子高校生は万国共通だ!」

「そんな変態は君のような、ごく一部の変態だけだ」

「ちげーよ。君の憧れの人だって、きっと高校時代は寝ても覚めても女の子の裸ばかり考えていたさ!」

「絶対に違う! 葉月くんは、そんなこと――」

「葉月? 女の子みたいな名前だな」

「名字だ、アホ」

「下の名前は」

「昴」


 それを聞いて藤咲はポンと手を打ち鳴らした。


「おお、それでプレアデスか」


 金色の鎌に付けた名前のルーツを看破されて、希美は真っ赤になって頭を抱えた。


「ああっ、よりにもよって、こんなアホにいらん情報を与えてしまった~~っ」

「いらん……いらない、か? 関西人なのか?」


 どうでもいいところを気にする藤咲。


いらん・・・はべつに関西限定じゃない」


 わざわざ訂正してやると藤咲は大げさにうなずく。


「そういや、中東の国にもあったもんな。つまり、アラビア語だったか」

「いや、その国の言語は……って言うか、それ以前に、いろんな意味で間違ってるからな」


 ますます疲れてきてツッコむのも面倒になってくる。

 そんな希美の心中など無視するように藤咲は突然本題に戻った。


「しかし、深天の奴はえらく元気そうだったが、だったらなんで今日は学校をサボったんだ?」

「話を聞いてなかったのか。魔女のことを話し合うために、近隣の信者を集めて怪しげな会合を開いたって言ってたぞ」

「聞いてなかった。たぶん、希美の裸エプロンに気を削がれていたからだろうな」

「それはもう忘れろ」

「まあ、やってみたはいいが、あとになって恥ずかしくなったんで、やっぱり忘れて欲しいっていう気持ちは分からんでもないが」


 鼻の下を伸ばす藤咲。もちろん希美はツッコんだ。


「現実にあったみたいな言い方をするな! それは君の脳内空間だけのできごとだ!」

「そんな悲しいこと言うなよ」

「諭すような言い方をするなっ。いい加減にしないと、わたしはもう君にはつき合わないぞ!」

「それで困るのはお前だぞ」

「なんでわたしが困る!? 困るのは君だけだろ!?」

「いや、それで俺が殺されでもしたら、お前はその後で、ずっと後悔するだろ?」

「…………」


 希美は黙り込んだあと絶望的な表情を浮かべた。


「いーやーーーっ! わたしのアホーーー! こんな奴死んだっていいじゃないかーーーっ!」


 物騒なことを大声で叫んだために、またしても通行人の視線を集めてしまう。さらなる自己嫌悪に沈みながら、藤咲のアホ面を見ると、彼はめずらしく茫然とした顔で希美の背後を見つめていた。


(背後……?)


 とりあえず視線を辿るように首を巡らせると、そいつはそこを平然と歩いてきていた。

 黒いセーラー服に長い黒髪。瞳はあの夜とは異なりサファイアのように青く澄んでいる。明らかにふたりに気づいている様子で、風になびく髪を片手で直しながら、面白がるようにこちらを見つめていた。


「小夜楢未来……」


 その名が思わず口からこぼれ落ちる。

 敵意は感じないが、油断できるはずもない。思わず身構える希美に対して、未来はあくまでも無防備な足取りのまま目の前まで歩を進めてきた。

 だが、最初に口を開いたのは希美でも未来でもない。


「好きです、未来さん! あなたに一目惚れしました! 俺とつき合って下さい!」


 彼らしいと言えば実に彼らしいのだが、藤咲は怖ろしい魔女の手を勝手に取って、両手で握りしめるようにしながら想いを告げていた。

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