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第21話 デートしましょう

 今の今まで悠然とした佇まいで、余裕タップリだった未来の顔が引きつっていた。それどころか助けを求めるかのようにこちらを見つめている。

 たぶん、何か悪女然とした嫌みったらしいことを口にしようとしていたのではないかと思うのだが、そんな魔女にとっても、これは完全に想定外のようだ。

 ここまで散々藤咲に振り回されてきた希美は、少しだけ愉快な気持ちになって未来に告げる。


「残念だが、その男はとことん本気だ。あのたった一度の対面だけで君に心底イカレタらしい」

「い、いや、そんなこと言われても、わたしはこの人のことなんて何も知らないし……」


 未来は、まるっきり普通の女の子のような反応を見せている。


「大丈夫です、未来さん。出会ったばかりで、お互い知らないことが多いのは当たり前! でも、それならばこれから少しずつ知っていけばいい! まずはデートです! デートしましょう!」

「い、いや、わたしはその……高校生を襲ったりとか忙しいし……」

「分かりました! じゃあ、俺もそれを手伝います!」


 当然のように答える藤咲。

 さすがにツッコミを入れざるを得ない。


「悪事を手伝うな、アホ! 改心させるんじゃなかったのか!」

「改心?」


 眉をひそめる未来。


「いえ、それは未来さんの行いが真に悪だった場合の話。だけど、こうして出会ったことで確信しました。やはりあなたは善良だった」

「それ、根拠ないだろ!」


 希美が叫ぶが、暖簾に腕押しだ。

 ただし、未来は見るからに困った顔をしていた。


「え、えーとね、君……」

「藤咲旭人です!」

「……藤咲くん」

「はい!」

「悪いのだけど、わたしにはもう好きな人が他にいるから……」


 気後れした様子ではあったが、未来はハッキリとそれを口にした。

 想定外の言葉に藤咲の表情が凍りつく。

 それを見て未来は慌てたようだった。


「い、いや、あなたにはきっと、わたしなんかよりもお似合いの人が……」


 言いかけたあと、未来はよりにもよって希美を指さす。


「そう、この娘なんてとってもお似合いだわ」

「ち、ちょっと待て! 適当なこと言って不要品を押しつけるな!」


 慌てて抗議する希美。

 未来は顔をしかめて言い返してくる。


「失礼な言い方ね。今の今まで仲良くお喋りしてたんだから、嫌いってことはないでしょうに」

「仲良くなんてしてない! 君の目は節穴か!? むしろそんなふうに思い込める頭の足りない女にこそ、こいつは相応しいぞ!」

「いいえ、町中で大声を張り上げる、あなたのような恥知らずこそ、この彼に相応しいわ!」


 低レベルな言い争いがヒートアップしていくのを見て藤咲が割って入ってくる。


「ふたりともやめてくれ!」


 とことん真顔で続ける。


「……俺のために争うのは」


 ある意味間違いではない――取り合っているのではなく押しつけ合っているのだが。

 コホンと、咳払いをしてから希美が未来に告げる。


「とにかく、大事なのは彼の意思だ。彼が君を好きだと言っている以上、わたしにできるのは生暖かい目でほくそ笑むことだけだ」

「ずいぶんと良い性格しているわね。現在の地球防衛部員は」


 思い切り睨み返す未来を見て、藤咲が訂正する。


「いや、希美の奴は正式な部員じゃないらしいぞ」

「希美……?」


 やや不愉快そうに眉根を寄せる未来。


「雨夜希美、こいつの名前です。気に入らなければ、どくどくオッパイに改名させますが」

「誰がするかっ! だいたいそれは深天のことだろ!」

「なら、裸エプロンだ」

「いい加減、それは忘れろ!」


 そのやりとりを聞いて、未来は軽く両手を広げると嘆くように頭を振った。


「裸エプロンだなんて最近の女子高生はとんでもないことを実行するのね」

「してない! こいつの妄想だ!」


 またしても赤面して怒鳴りつける。未来もそうなのだろうが、希美も藤咲のせいで完全に自分のペースを見失っている。一方でマイペースな藤咲は、さらに強引に未来に詰め寄った。


「未来さん!」

「は、はい?」


 勢いに押されたように、のけぞる未来。


「あなたには他に好きな人がいるそうですが、その人とつき合っているわけではないですよね?」

「え、ええ、まあ……」


 決まりが悪そうに目を逸らす未来。勢い込んで藤咲が続ける。


「なら、俺にもチャンスがあるはず! なんと言っても、あなたはまだ俺を知らない! そうでしょ!?」

「そ、そうなるかしら? いや、なんとなく、もうだいたい分かった気もするのだけど……」


 そうつぶやいたものの、藤咲は気にすることなく畳みかける。


「なら、正しく比較するためにも、あなたはまず俺を知るべきです! 知れば、その人よりも俺を好きになる可能性が無きにしも非ずのはず! だから、まずは俺を知ってから判断して下さい! お願いします!」


 またしても、いつの間にか手を握りしめている藤咲。魔術師にとって必ずしも必要というわけではないが、身振り手振りは魔術を行使するために重要なものだ。それをあっさりつかませてしまうのは、この魔女も意外と迂闊である。


「え、えーとね、藤咲くん……」

「旭人とお呼び下さい!」

「旭人くん、聞いて。人間、若い時はいろんなことがあるけど、今の自分の気持ちをあんまり本気にしない方が……」

「俺はいつだって本気です! マジで本気で真剣に生きています!」

「君は、もう少し国語の勉強をした方が……」


 既視感を感じるやり取りだ。


「分かりました、あなたに愛を囁くために国語も勉強します! だから、お願いだ! 俺を知って下さい!」

「ど、どうやって……?」

「まずはデートしましょう!」

「い、いや、わたしはその……高校生を襲ったりとか忙しいし……」

「ならば、それもデートのプランに組み込みます! ふたりで一緒にお茶したり、映画を見たり、高校生を襲ったりして楽しみましょう!」


 またしても、とんでもないことを真剣に告げる藤咲。

 未来が再び助けを求めるような視線を向けてくるが、はっきり言ってお手上げだ。

 今の藤咲を止めるには実力行使しかなさそうだが、未来はなぜかそれを選択しない。

 ならば希美としても、ここで未来に襲いかかるわけにはいかない。そもそも、こんな場所で戦えば一般人が巻き添えになりかねない。未来もそれが分かっていたから、悠然と近づいてきたのだろう。そして挑戦的な言葉でも浴びせてから、堂々と去って行くつもりだったに違いない。


(つまり、未来の目的は負の感情を煽ることなのか……?)


 ようやく頭が回り始めたのを自覚しながら、希美は目の前の女の企みを推察する。


「これ、俺の電話番号です。よければ未来さんのも教えてくれませんか?」


 希美が黙考している間にも藤咲は、とんとん拍子に話を進めていく。


「さすがにそれは……」

「分かりました。それはもっと仲良くなってからですよね。では、お電話お待ちしていますので必ず電話して下さい。俺、一日中電話の前に張りついてますので」

「いや、学校行きなさい。電話なんて夜でも十分でしょ」

「分かりました! なら、夜は電話の前に張りついていますので!」


 これを聞いて、未来はしまった・・・・という顔になった。完全に藤咲のペースに乗せられている。もっとも、どんな約束を交わしたとて、こんな得体の知れない女は、そのまま音沙汰なしになる可能性の方が圧倒的に高いのだが。


「わ、分かったわ。そのうち電話するから手を離してちょうだい」


 未来に言われるままに手を離した藤咲だが、言質を取ったことで満足したのか実に幸せそうな顔になっていた。

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