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第22話 命懸けの恋

「話は終わったか?」


 ぶっきらぼうに希美が言うと、ふたり揃って顔を向けてくる。


「悪い、待たせちまったな、裸エプロン」


 藤咲が言うと、未来もようやく澄まし顔に戻って髪をかき上げた。


「何かわたしに訊きたいことでもあるのかしら、裸エプロン」

「お前らもうつき合えよ! メチャクチャお似合いだよ!」


 息の合った連携を見せるふたりに、希美は真っ赤になって叫ぶが、藤咲は当然のように喜んだだけだ。


「いやぁ、照れるなぁ」


 さすがに未来は照れることなく真顔に戻る。


「冗談よ。地球防衛部……じゃないそうだけど?」

「言っておくけど、地球防衛部は存在しているぞ。今の顧問は西御寺篤也だ」


 もし未来が本物であるならば、この名前はその本性を暴く起爆剤となり得るはずだった。しかし未来はやや驚いた顔はしたものの、感情を荒げることもなく奇妙に懐かしそうな顔をした。


「まさかあの人がね。学園に戻っていたのも驚きだけど、どういった風の吹き回しなのかしら?」

「それだけか? お前を殺した男の名前だろ」

「だから、死んでないって。深手は負ったけど、なんとか生き延びて傷が癒えるのを待っていたのよ」


 未来は自然な態度を崩さない。その化けの皮を剥がそうと希美は次の手札を切る。


「つまり、傷が癒えたから、またアレを喚び出す準備を始めたということか?」

「まさか」


 苦笑する未来。


「あんなの喚び出したところで、また鋼鉄姉妹に叩き潰されるのがオチよ」

「鋼鉄姉妹?」


 奇妙な名称に藤咲が反応した。未来は彼に顔を向けると、それについて簡単に説明する。


「一昔前の地球防衛部に所属していた超能力者姉妹よ。卒業して今は臨海のぞみ市で暮らしているわ」


 臨海市は陽楠市の隣にある臨海都市だ。昨今開けてきた陽楠市よりもさらに大きな地方都市で、都心とは比べるべくもないが、この地方に暮らす人々にとっては立派な都会だ。

 それにしても、この自称・・小夜楢未来は、かつて本物が戦った相手のことまで、しっかり調べ上げているようだった。それをさらに裏付けるかのように別の名前も口にする。


「だいたいアレを喚び出すことが目的なら、まずは高月たかつきさんを攫うのが筋でしょ?」


 高月由布子ゆうこも当時の事件の関係者で、小夜楢未来が神獣と呼ばれる存在を召喚するための依り代として利用した人物の名前だ。


「ずいぶんと詳しいじゃないか」

「当事者なのだから当然でしょ。だから彼女に手を出したら、葉月くんが黙ってないことも、ちゃんと分かってる。正直、彼にはもう迷惑をかけたくないのよ」


 悔恨を滲ませるようなその物言いに不自然なところはない。

 横から藤咲が口を挟む。


「葉月って葉月昴のことか?」

「あら? 旭人くんは彼を知っているのかしら」


 未来に訊かれて彼はよけいなことを口にする。


「いや、直接は知らねえけど、こいつが惚れてるらしいから」

「こ、こら、なんでお前は他人のプライバシーにかかわることを、そんなに気安く口にするんだ!?」


 今さら言ってもあとの祭りだ。未来が興味深そうな目を向けてくる。


「なるほど、それであなたも、いろいろと詳しいわけね。片想いの相手のことはすべて知りたくて夢中で調べたってところかしら? そういえば彼の武器を持っていたわよね」

「プレアデスとか名付けてたぞ」


 躊躇なくバラす藤咲。


「ふふ……重症ね」


 未来に笑われて、希美は耳まで真っ赤になった。


「よく赤くなる女だな」


 他人ごとのように言ってくる藤咲を、これ以上はないというくらい睨みつける。視線で人が殺せるかどうか試しているかのような形相だ。


「でも、いい趣味をしてるわ。彼に恋したことも、その名前もね」


 微笑む未来の顔に邪気はない。

 面倒くさくなって希美は単刀直入に訊くことにした。


「なら未来、お前の目的はなんだ? どうしてあんなことをする?」

「とある目的のために必要だからよ」


 さらりと答えたあと、未来は言葉を選ぶようにして続けた。


「誓って言うけど、人を殺めるつもりなんて毛頭ない。ただ……そうね、地球防衛部には、ご迷惑をかけることになりそうだけど」

「その目的とはなんだ?」

「そこまでは教えられないわ。でも、これが上手く行けば全人類の絶望をひとつ、消し去ることができるでしょうね」


 言葉とは裏腹に、未来の笑みにはどこか皮肉の色が滲んでいるような気がした。

 相手の瞳を真っ向から見つめて希美が告げる。


「肝心なところをぼかしている以上、わたしはお前を信用できない」

「なら、どうするの? 場所を移して一戦交える?」


 挑発するように未来は言ってきたが、希美が答える前にふたりの間に藤咲が割って入った。


「やめろよ、ふたりとも。そういう態度だと仲良くなれるものもなれないだろ」


 意外にも希美だけではなく未来にも窘めるように言う。


「下がっていろ、藤咲。お前には悪いが、やはりその女は信用できない。そいつには簡単に人を殺せる力があるってことを忘れるな」


 希美の言葉に藤咲は真剣な目で答えた。


「お前にもな」


 意外なところから突きつけられた正論に希美は息を呑む。


「希美、確かに未来さんには秘密が多いが、お前が未来さんを信用できないように、未来さんだって、お前のことをどこまで信用していいのか分からないんだ。ならば、すべてを明かさないのは当然のことだろ」

「それは……」

「未来さんのことは俺が確かめる。これからデートしたりして、同じ時間を一緒に過ごせば、どんな人なのかは自ずと見えてくるさ」

「見えてくることが危険だってこともある。知りすぎて消されるなんてありがちな話だ」


 希美は説得を試みるが、やはり藤咲は頑なだった。


「俺が死んだり消息を絶ったりすれば、その時は未来さんを敵だって判断すりゃあいいさ。お前は寝覚めが悪いって言うだろうけど……」


 藤咲は少しの間うつむいてから、わずかな迷いを振り切ったように顔をあげた。


「これだけは譲れねえ。俺はこの恋に命を懸けてえんだ」


 熱のこもった視線を受け止めながら、そのまま睨み返すが、それで理解できたことは彼は彼なりに本気だということだった。

 年相応に未熟で、命を懸けるということが本当はどういうことなのか気づいていないかもしれないが、未熟なればこそ、その想いは純粋でもある。

 説得をあきらめて視線を逸らすと、希美は深々と溜息を吐いた。


「分かった。好きにすればいい」

「希美……」

「ただし、君の選択にまで、わたしは責任は持てない」

「ああ、分かってる。これでじゅうぶんだ。恩に着るぜ」


 藤咲の言葉をひとまずの別れの言葉と判断して希美は背を向けた。彼を魔女とふたりだけにしておくのは不安だったが、正直な印象としてあの女は、さして危険な存在には見えない。


「あれ? 藤咲これを持って帰ってくれないの?」


 ……などと背後から呼びかけてくるような女だ。


「ではデートの予定を煮詰めましょう」


 脳天気な藤咲の言葉は、その後もしばらく聞こえていたが、さすがに角を曲がると喧噪に紛れてしまった。

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