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第26話 対決、四天王

 朱里を自宅に送り届けた後、エイダは仮の住まいとしている円卓支部へ戻る途中だった。

 この陽楠市はいかなる秘術組織も原則として活動を禁止されているため、組織立って動けるのはそれらを調停する円卓だけだ。

 しかし、いかに世界最大の戦闘集団であっても、このような地方都市に大きな戦力を駐留させておく余裕はない。超常的な事件は今この瞬間にも世界の各地で発生しており、そのいくつかは世界の危機とは言わないまでも、間違いなく国家レベルの災厄だった。

 ゆえに、ここの支部にはまともな戦力など存在せず、事件の対処は地球防衛部に依存しているのが実情だ。

 当然ながら朱里ひとりに護衛をつける余裕はない。多少の不安はあったが、敵も住宅地でことを起こすようなバカではないと考えて引き揚げたのだが、その確信はたった今大きく揺らいでいた。

 エイダの目の前にあからさまに怪しい人物が立っている。

 赤いジャケットを羽織った長身の男だ。手脚は長く筋肉質で、野獣のような印象を受ける。髪は白いが天然のものではなく脱色しているようだ。肩と膝パッドにはトゲが生え、ベルトにはドクロをあしらったバックルを装着している。

 極めつけは背中に差した幅広の大剣だ。


(どう見ても世界観を間違ってますね)


 そう思うエイダだったが、困ったことにそいつは確かにこの世界に実在している。

 口元に歪な笑みを浮かべつつ大剣を背中から抜くと、片手で軽々と振り回してからエイダに突きつけてきた。


「とうとう現れやがったな! 地球防衛部!」


 思ったとおりの粗野な声だ。


「俺の名はザンキ! サヨナラ四天王の一人だ!」

「サヨナラ四天王?」


 それで小夜楢未来の関係者だというのは理解できたが、もう少しマシな名前は考えつかなかったのだろうか。


「正直驚いたぜ。まさかこんなにも早く俺たちに辿り着くとはな」

「いえ、わたしはただ家に帰る途中だったのですが……」


 事実を伝えるエイダ。それをザンキは鼻で笑い飛ばした。


「謙遜してもムダだ。俺は敵の力を過小評価はしない。石橋を叩いて叩いて叩き潰して渡らなかったことにホッとする慎重な男だ」

「個性的な言い回しですが、本当にただ家に帰る途中だったのですよ。もちろん、そんな物騒なものを背負っている人物を目撃しては無視することもできませんが」

「なるほど、大した洞察力だ」

「誰でも気づくと思いますが」


 ザンキの剣には認識阻害の魔術も働いていない。だからそう言ったのだが、ザンキは喜々として否定した。


「いいや、それは間違いだ。俺なら絶対に気づかんからな」

「そんなことを得意げに言われましても」

「とにかく、こうして出会った以上は、辻斬り合うも多生の縁。一戦交えるとしようか」


 好戦的に口元を歪めてザンキは大剣を両手で構え直した。意外にさまになっていて隙がない。


「どんな縁ですか」


 ぼやくようにつぶやきながらも、エイダは背中の鞘から長剣を引き抜いた。手にした刃から白い光がこぼれるのを見て、ザンキが目の色を変える。


「まさか、その剣は……」

「聖剣ブライトスター――我が師より譲り受けたものです」

「なるほど、貴様は円卓に縁のある者か」


 聖剣を持つからといって円卓と決めつけるのは安直だが、たいていの場合はそれで合っている。


「これでも円卓の騎士です。地球防衛部のお手伝いをするために本部より派遣されました」

「なるほど。十二騎士でないのは残念だが、円卓といえば、ただの騎士でも超一級の実力者と聞く。その噂の真偽――確かめさせてもらうぞ!」


 言うが早いか剣を構えたままザンキが踏み込んでくる。

 おつむはともかく、身体能力の方は尋常なものではなかった。風を切るというよりは粉砕するかのような勢いで大剣が振り下ろされる。

 軽いステップで身をかわすエイダだが、ザンキはそのまま円を描くように刃を振るい、矢継ぎ早に斬撃を繰り出してきた。単純な話だが振り上げてから振り下ろすという二つの動作よりも、円を一つ描くという一つの動作の方が素早く隙が小さい。

 他人様の迷惑を顧みず容赦なく大剣を振り回して壁やアスファルトを抉るザンキ。その乱暴な戦い方に顔をしかめつつ、エイダは後ろに大きく跳んで距離を取ると、そのまま背を向けて、さらに高く跳躍した。


「貴様、逃げる気か!」


 怒声を響かせながらザンキが後を追ってくる。

 両者は超人ならではの身体能力を駆使して、家屋の屋根や電柱を足場に飛び回り、微かに茜色を残した夕闇の中を高速で移動していく。

 昨今、確実に拓けてきたとはいえ、この町にはまだまだ多くの緑が残っている。

 エイダは小さな林を見つけると、そこに跳び込み、やや開けた場所で足を止めてふり返った。

 剣を構えて迎え撃つ姿勢を取ると、眼前に着地したザンキが感心したような表情を見せる。


「なるほど、逃げたのではなく、町人を巻き込むことを嫌ったか」

「それもありますが、わたしたちのようなものが、人目につくのは好ましくないのですよ」


 実際にどちらが重要かと言えば、やはり市民を巻き込まないことだが、そのためにも目立つことは避けるべきだった。


「ハッ、どっちでもいいぜ。とにかく今度こそこれで真っ向からの真剣勝負だ!」


 喜々としてザンキが斬り込んでくる。戦い方は大雑把に見えるが大剣のコントロールは意外なまでに繊細だ。隙らしい隙も見当たらない――が、


(なければ作ればいいだけのことです)


 迫り来る大剣めがけてエイダが逆に斬りかかる。

 もちろん真っ正面からの力勝負ではザンキの相手にはならない。しかし、鉄をも砕く剛剣も横から払えば、その切っ先を逸らすのは難しいことではない。


「てめえっ!?」


 驚きにザンキの目が見開かれる。

 大剣を打ち払われたからではない。エイダの信じ難い斬り込みの速さに驚愕したのだ。

 ザンキが一撃を繰り出す度に、エイダはその剛剣を横から三連打する。

 尋常ではない膂力を持つザンキも、さすがにこれでは剣が流されるのを防ぎようがない。それでも、無理に逆らおうとはせず、剣の流れに合わせて身体を移動させたのはさすがだった。無理に踏み留まろうとしていれば、さらなる追い打ちに対応できなかっただろう。

 もっとも、エイダはそれすら見越して、さらなる追い打ちをかけている。

 嵐のような剣閃を前にして、今度はザンキが防戦一方となった。


「てめぇ……速過ぎんぞ! 人間か、本当に!?」


 ザンキが驚くのも無理はない。彼自身、決して遅くはない。いや、むしろ速い。スピードには相当に自信があったはずだ。だが、エイダはそれを手数で圧倒している。


「我が師マーティン・ペンフォードは十二騎士最速を誇る神速の剣士。その弟子であるわたしが、あなたのような無頼漢にスピードで後れを取るはずがないでしょう」


 エイダの言葉を聞いて、ザンキが引きつった笑みを浮かべた。


「なるほど、十二騎士の直弟子ってわけか。円卓も、とんでもない奴を送り込んで来やがるぜ。まあ、それだけ俺たちを警戒してってことなんだろうけどな」

「いえ、わたしが派遣された時には、魔女の話は円卓には届いていませんでしたので……」


 エイダが素に戻って告げるが、ザンキは平然と言い返す。


「円卓にはマーリンって予言者どもがいるだろうが。お前が聞かされていないだけで、きっと何かを予見していたんだろうさ」


 これは考えすぎに思えたが、エイダは否定しなかった。絶対にあり得ないとも言い切れないからだ。

 ザンキはやや間合いから離れたところで剛剣を両手で持ち上げると、そのまま頭上に構え直す。


「どうやら、お前を倒すには奥義を使うしかないようだな!」


 猛々しく声をあげるザンキ。

 だが、その時にはもうエイダは間合いに踏み込んで、聖剣ブライトスターを繰り出している。

 超高密度の魔力を纏った刃が、刃物ではなく鈍器と化してザンキの腹に突き刺さった。もちろんエイダにその気があれば刺し貫くことも可能だったが、そこまでする必要はないと考え手加減したのだ。


「ぐぇぇっ」


 血反吐を吐きながらザンキが頽れる。

 結果的に奥義を撃たせてもらえなかったザンキだが、「卑怯」などとは口にしない。


「み、見事だぜ、円卓の騎士。だが、安心するのはまだ早え……」


 壮絶な笑みを浮かべなるザンキ。


「しょせん俺は四天王の中では最弱!」


 自分で宣言するザンキだが、エイダは無感動に聞き流す。しかし、続きの言葉は予想外だった。


「だが、他の三人も俺に毛が生えたていどの実力。いずれお前は、そいつらの実力に拍子抜けすることになるだろう。その時を楽しみにしているがいい……ガクッ」

「いや、その捨て台詞はさすがにどうかと……」


 内容もどうかとは思うが、最後の「ガクッ」は実際に口にした言葉だ。それでいて本当に気絶しているのは器用だと思えたが。


「はぁ……」


 深々と溜息を吐くエイダ。なんだか、いろいろこじらせている敵だったが、実力は本物だった。

 胸ポケットから円卓の構成員に支給されている携帯端末を取り出すと、支部に連絡を入れる。ひとまず、この男を連行して背後関係を聞き出す必要があるだろう。

 もっとも、大した話は聞けない気はするのだが……。


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