「なんでこんな所にいるの?」
「運命です!」
「もしかして、ストーカー? わたしの家を探していたとか?」
「未来さんの家、この近くなんですか?」
嬉しそうな藤咲の顔を見て失言を悟る。誤魔化すように未来はわざと声を荒げた。
「君がもし、そういうことをする男の子なら、わたしは――」
「違います! 神に誓って、これはただの運命です!」
藤咲は真面目な顔で主張する。
「せめて偶然と言って」
「はい、運命的な偶然です」
頭を抱える未来。どちらにせよ面倒な相手に出会ってしまったことに変わりはない。
「未来さんは学校ですか?」
セーラー服を着ているからなのだろう。藤咲がそう考えるのも無理はない――と思ったところで未来はおかしなことに気がついた。
「君こそ学校はどうしたのよ?」
「今日は有給を取りました」
「いや、そんなシステムはない――っていうか、そもそも給料なんてもらえる場所じゃないし」
未来が指摘すると藤咲はやや照れくさそうに頭をかく。
「実はデートスポットの下見に行くところでして」
「それって、わたしとの?」
訊くまでもないことを口にしてしまった。案の定、藤咲は嬉しそうな顔になる。
「はい、いつお誘いをもらってもいいように、下準備はしっかりしようと思ったんです」
約束を守るつもりがなかった未来としては、どうにも胸が痛い。
「気持ちは嬉しいけど学校はサボっちゃダメよ。それに昨日の今日であなたが学校に来なかったら昨日の彼女が心配するでしょ。あの後、わたしに何かされたんじゃないかって」
携帯電話が普及して、若者の誰もがそれを手にしているような時代になれば、こんな時にも面倒はないのだが、他に連絡を取る手段がない以上、無事を確かめるためには直接姿を確認しに行く他はない。
未来の言葉を聞いても、藤咲は少しの間キョトンとしていたが、しばらく考えた末に、ようやくピンと来たようだった。
「ああ、なるほど。確かに、それはヤバイな」
腕など組んでうなずきを繰り返す。
「分かったなら、今からでもちゃんと学校に行ってちょうだい。こんな穏やかな陽気に大鎌を持ったあの子に追いかけ回されるとか冗談じゃないわ」
未来の言葉に、藤咲は渋々といった顔でうなずいた。
「分かりました。未来さんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんからね」
話がまとまったところで、未来は最後にもう一度だけ確認する。
「ところで、本当にどうしてこんな所にいたの?」
「ですから、デートの……」
「下見に行くところってことは、やっぱり家がこの近くなのかしら?」
「ええ、すぐそこの角を曲がったところです」
指さす藤咲を見て未来は小さく溜息を吐いた。どうやら本当に近場に住んでいたらしい。これなら、すぐに自宅を特定されそうだ。
そんな未来の内心を呼んだように藤咲が言う。
「心配なさらなくても俺は未来さんの家を探したりはしませんよ」
「どうして?」
自然に疑問が口をついて出た。好きな相手の家の場所なら知りたくなるのが普通ではないだろうか。
「そりゃあ知りたいですけど、好きな相手が嫌がるようなことはしたくありません。俺はいつだって惚れた人に誇れる自分でありたいですから」
「惚れた人に誇れる自分……か」
未来はつぶやいて、自分を省みる。かつての自分は、まったく昴に誇れる自分ではなかった。では、今の自分はどうなのか?
「それじゃあ、未来さん。俺は学校に行きますんで、ご連絡お待ちしています」
軽く手を振って駈け出した藤咲の背中に未来は声をかける。
「待って」
「はい?」
振り向いた藤咲に向かって、未来はイタズラっぽい笑みを向けた。
「暇だったら、わたしの家を探し出してみせなさい。デートはそれを見つけることができてからよ」
「は、はい! 必ず見つけ出してみせます!」
嬉しそうに声を弾ませると、彼はそのまま走り去っていった。
それを見送ってから未来は静かにつぶやく。
「葉月くんに誇れる自分に近づくためか……」
とりあえず予定を変更して、未来は商店街に向かうことにした。円卓の支部は、その片隅にさりげなく存在しているのだ。
少なくとも葉月昴ならば、どんなバカな相手でも仲間を見捨てることはない。
多少無理をしてでもザンキのバカを救い出す――そう決意した。