放課後、地球防衛部は全員で小さな商店街の一角に位置する円卓支部へと向かった。
武蔵果実店の看板がかかった店の前を通り抜けて、目的の小さなビルにたどり着くと、希美が見たままを口にする。
「貧相だな」
「もう少し格調高く、ボロっちいと言ってやってくれ」
「それ、どう考えても酷くなってるから」
篤也はボケ担当、朋子はいつもどおりツッコミ担当だ。
「貧相に見えるのは偽装ですよ。実際にはハイテク設備と強力な結界を兼ね添えた堅牢な施設です」
エイダが説明するが、これに対して希美は首を横に振って答えた。
「わたしが貧相だと言ったのは、その結界のことだ。十年は前の術式だぞ、これは」
言われて篤也は改めて術師としての目で結界を確認するが、最近は不勉強なせいか、これといった粗は見つからない。
「希美さんは魔術師でしたか」
「独学だけど、いちおうはね」
これを聞いて、エイダは追求こそしなかったが、微妙に目を細めてみせた。
魔術を独学で身につけるのは不可能に近い。少なくとも最初期には誰かの手ほどきを受けたはずだ。
しかも篤也が見つけられない問題点をひと目で看破したところをみても、その才能は並ではない。
とはいえ、現時点であまり根掘り葉掘り訊いては、また逃げ出しかねない。
ひとまず黙っておくことにして、篤也はエイダに問いかけた。
「具体的に敵はどのような方法で捕虜を連れ出したのだ?」
「眠りの魔術です。職員をひとり残らず眠らせた上で、魔術によって侵入し、捕虜を連れて悠然と立ち去ったようです」
手段としては単純明快だが、円卓の職員ならば、ただの事務員であっても魔術への対策は怠っていないはずだ。最低でも耐魔術用の強力な護符を身につけている。
「雨夜、君ならば同じことが可能か?」
質問したタイミングで、コカトリスが篤也の腕から希美の頭に飛び移った。彼女は思い切り顔をしかめたが、それでもそれにめげることなく答えを返してくる。
「この術式には構造的な欠陥がある。そこを突けば造作もないことだ」
「自信があるようだな……もしかして犯人か?」
篤也が真顔でからかうと、希美が反応するより先に、朋子にスネを蹴飛ばされた。
「犯人は小夜楢未来に決まりきっているでしょ」
「そういう先入観が危険なのだ」
蹴られた脚を抱えて片足で飛び跳ねつつも、篤也は極めて真面目な顔でつぶやく。
「小夜楢未来は死んだ。あいつはその名を騙る偽者だ」
断言する希美。朋子は不思議そうな顔を向けた。
「でも、実際に会ったんでしょ?」
「その上で否定するということは、あなたはホンモノの小夜楢未来と面識があったのでしょうか?」
エイダが続けて問うと、希美は躊躇いがちにうなずいた。
「そんなところだ」
その答えから篤也が連想したのは小夜楢未来の一族だ。
正確には明日香一族というのだが、親類縁者を含めればそれなりの人数が存在していたはずだ。
彼らは大きな邸宅で共同生活をしていたため、そのほとんどが暗殺されてしまったが、未来の他にも難を逃れた者がいた可能性はある。
それを踏まえて考えれば希美を見た時に感じた既視感の正体も明らかだ。
彼女は他ならぬ小夜楢未来に似ているのだ。
名前を聞いた時点で気づくべきだった。
明日香希美――それが小夜楢未来の本名なのだから。
彼女の名を使っているのは未来に対する複雑なコンプレックスの表れなのだろう。
孤児との話だったが、おそらくそれは西御寺家が放った追っ手から逃れるために用意した架空の経歴に違いあるまい。すでに素性を隠す意味はないはずだが、今さらそれをしたところで家族もなく、帰る場所もないのだろう。
魔術に熟達しているのも明日香家の人間であるならば、むしろ自然な話だ。場合によっては未来から学んだ可能性すらある。
さらに言えば篤也を避けようとしていたのも当然だ。篤也は希美にとって憎むべき西御寺の人間で、他ならぬ未来の仇でもあるのだから。
理解してしまえば、込み上げる罪悪感に、いたたまれない気持ちになるが、変人の仮面はこういう時にも役に立つ。
まったく悪びれる様子も見せず、話の流れもぶった切って篤也は話しかけた。
「雨夜、いいバイトを紹介しよう」
「いきなりなんだ?」
不機嫌そうな視線を向けてくる希美に続いて朋子が子供に言い聞かせるように声をかけてくる。
「先生、発言は状況を考えて行おうね」
「無理を言うな」
「無理なのか……」
と、これは希美だ。
少なくとも表面上は気にする様子を見せることなく篤也は続けた。
「術具作りをしないか? いい儲けになるぞ」
呆れ顔をしていた希美は、それでもこの提案には心を惹かれたようだ。生活苦なのだから当然だろう。ただ、状況を考えてか即答は避けた。
「後で聞く」
簡潔に答えて建物に向き直ると、真剣な眼差しで常人には見えない魔術式を調べていく。
「思ったとおり、一度書き換えた痕跡がある。恐ろしく巧妙だけど、わたしの目は誤魔化せない」
「優秀ですね」
エイダの口調は抑揚が乏しいが皮肉というわけではないようだ。
「希美ちゃんはうちの一位指名選手だからね」
朋子の言葉はもちろん本気だろう。
「ああ、百年に一度の逸材だ」
篤也が続けたが、希美は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「胸を見つめながら言うな!」
そんなつもりはなかったのだが、変人の演技の弊害だ。まあ、こんなことも度々ある。
とりあえず鼻で「ふっ」と笑って親指など立ててみせる。
「ナイス、オッパイ」
もちろん朋子に思い切りスネを蹴られてしまった。変人ぶるのもたいへんである。