敵の手口は分かったものの、それで判明したことといえば、小夜楢未来を名乗る人物が、その名に相応しいだけの実力を身につけているということだけだった。
それはそれで気になる事実だが、ひとまず希美は目の前の作業に没頭中だ。
術具作り――それは文字通り魔術を使うために利用される道具のことだった。
実践的な魔術師にとっては、極めて貴重なものでありながら、これを作ることができる人間は少なく、ものによってはすべてが手作りとなるため、需要に対する供給がまったく追いついていない。
今回引き受けたのは魔術カードと呼ばれる、一種の呪符作りだが、これを一枚用意するだけで、一万円の儲けになるとのことだ。
一枚の作成に要する時間は、およそ一時間だが、希美ならば一度にまとめて作ることができる。
今回は五枚をまとめて作成中で、たった一晩で五万もの金が手に入るなど夢のような話だった。
ただし、術具作りは魔力を消耗するため、一日の作業量としては、これが限界だ。これ以上の数をこなそうとすると明日の朝になっても魔力が回復しきらない。
「一日で五万も稼げれば、あっという間に大金持ちに……」
思わず頬が緩むのを感じて、希美は慌てて表情を引き締めた。自室とあっては誰に見られるわけでもないのだが、分かっていても気恥ずかしい。
とりあえず意識を切り替えて、この仕事を振ってくれた篤也のことを考える。
複雑な因縁のある相手で、好感など持ちようもないが、今回ばかりは感謝しておくべきだろう。
しかし、それにしても不思議な話だ。冷徹無慈悲で目的のためならば教え子でさえ平然と手にかける男が、いったい何をどうすれば、あんな性格になるのだろうか。
こちらを油断させるための演技――などと考えるのは、さすがに無理がある。
敵意があるならば仕掛けるチャンスはいくらでもあったはずだし、朋子の話では、彼はもう何年も前からあの調子らしい。
では、いかなる心境の変化なのか。
考えたところで皆目見当がつかない。
偽者か双子の兄弟とでも言われたほうが、まだしもしっくり来る。
ひとまず彼についての思索は中断して、今度は朋子について考えてみた。
彼女については、これといって予備知識を持ち合わせていないが、ここまでのところは善良な人間に見える。
お弁当も美味しくて、今日は初めて高校生らしい憩いの昼休みを過ごせた気がした。
給料を貰ったら何かお返しをしようと思う。
最後の一人、エイダは円卓に所属する騎士とのことで、世界有数のエリートであることは疑いない。
どこかツンとしていて苦手な印象を受けるが、その振る舞いからは敵意や悪意は感じない。打ち解けることができれば印象も変わるだろうか。
彼女たちふたりに篤也を加えた三人が希美がようやく得た仲間ということになる。
昴たち地球防衛部の結束を目の当たりにして以来、仲間というものに密かな憧れを感じていた希美にとっては歓迎すべきことのはずなのだが……。
「西御寺かぁ……」
思い出すのは、かつての冷徹な鉄面皮だが、今の彼は悪人には見えない。
「って言うか、悪人はわたしなのよね」
地の口調でつぶやくと、そのまま床の上にごろんと寝転がる。
押し寄せてくる睡魔に抗うことなく希美はそのまま瞼を閉じた。