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第36話 傲慢

 神社での戦いから一夜明けた翌日。雨はなおも降り続いていたが、先日のような激しいものではなくなっていた。

 いつものように通学してきた朋子は、まず最初に地球防衛部の部室に向かう。これもいつものことだが、この日はめずらしく先客がいた。


「おはよう、エイダちゃん。いや~、昨日はたいへんだったよね。完全にずぶ濡れでさ。お巡りさんと円卓の人に感謝だよ」


 無造作に停めておいたスクーターに警察の人が気を利かせてシートをかけておいてくれだのだ。しかも、とても乗って帰れるような雨ではなかったので、円卓の人がトラックでスクーターごと家まで送り届けてくれた。

 それを世間話のように口にしながら荷物を机に置いたのだが、エイダは覇気のない顔をしたまま、じっと窓の外を見つめている。


「どうしたの?」


 近づいて声をかけると、初めて朋子の存在に気づいたらしく、慌てて頭を下げてきた。


「おはようございます、部長」

「うん、おはよう」


 挨拶をやり直してから定位置に腰かけると、朋子はあらためて問いかける。


「どうしたの? 悩みごと?」

「悩みというよりも……自己嫌悪ですね」


 小さく息を吐くと、エイダは目を伏せるようにして話し始めた。


「白状します。わたしはあなた方をなめていました。顧問は凶状持ちの田舎エージェント。部長は魔法の武器が使えるというだけで、ろくな訓練も受けていない素人。雨夜さんはよく分かりませんでしたが、初対面の印象は薄く、大した人には見えませんでした」

「希美ちゃんはともかく、わたしについてはあたってるなぁ」


 自分を卑下するわけではないが、素直にそう思う。

 しかしエイダは首を横に振った。


「いえ、あなたが助けてくれなければ、わたしは確実に死んでいました」

「アレは、たまたまそうなっただけで、エイダちゃんの方がずっと強いって」

「いえ、あの状況で素早く的確に動けるのは、あなたが数多くの実戦経験を積んだ猛者だからです。西御寺先生にしても指示は的確でした。何より雨夜さんは……」

「ああ、アレは凄かったよね」


 魔術自体は篤也のものを見慣れていて、これまでにもその威力に圧倒される思いだったが、希美の力はそれを凌駕していた。


「驚きですよ。あのレベルの魔術師は円卓にだっていないかもしれない。わたしよりも明らかに強い人です」

「かもしれないけど、そういう順位づけって気にする必要はないと思うよ。わたしたちは仲間なんだし」

「ええ、あなたが正しいです」


 認めた上でエイダは続けた。


「でも、だからこそ自己嫌悪なんです。わたしはその当たり前も忘れて知らず知らずのうちに、また自惚れを抱いていた。傲慢こそが、もっとも嫌悪すべきわたしの敵だというのに」

「うーん、それは傲慢っていうよりも、自信が裏目に出ただけじゃないかな? エイダちゃんは実際に強いし、自信を持つってことは大事なことだよ」


 気持ちが沈まないようにと気づかう朋子だが、エイダはもう一度頭を振った。


「いいえ、やはりただの思い上がりです」


 自分の手の平を見つめながらつぶやく。


「祖父の血ですかね」

「祖父? お爺さんの?」

「ええ」


 うなずくエイダ。傲慢というわりには素直な娘だと思うが、ひとまず黙って話を聞くことにする。


「わたしの祖父は円卓十二騎士のひとりでした」


 それは世界最強の二つ名で呼ばれる人々だ。円卓の騎士そのものがエリート中のエリートだが十二騎士はその中でも別格である。


「若かりし頃の祖父は清廉潔白な人物で騎士の鑑と称されていました。ですが、いつ頃からか傲慢な振る舞いが目立つようになり、最後はいい加減な作戦指揮によって多くの部下を死に追いやって、自らも壮絶な討ち死にを遂げたとのことです」


 エイダは苦々し思いを噛みしめるように唇を噛む。


「祖父は政治的配慮によって表向きには英雄として葬られましたが、隠しきれるものではありません。公然の秘密ってやつです。お陰でわたしは子供の頃から後ろ指を指されていましたが、それはしかたのないことです」

「いや、あなたのお爺さんが何をしたにせよ、エイダちゃんには関係ないでしょ」


 すぐさま朋子は告げたが、エイダはやるせない笑みを浮かべて頭を振った。


「ありがとうございます。ですが、わたしは一方で祖父が築いたアディンセル家の権威に守られています。それで無関係と言ってのけるのは卑怯に思えるのですよ」

「真面目だなぁ」


 呆れたわけではなく、嘆くような想いで朋子はつぶやいた。損な性分だとは思うが、欠点ではなく美点のはずだ。


「今さらどうこう言ったところで祖父がしてしまったことは取り消しようがありません。でも、だからこそわたしは祖父のようにはならない。誰に何を言われようとも、騎士として恥じることのない生き方をしてみせる」


 宣言するように言い切ったところで、エイダは肩を落として溜息を吐いた。


「そのつもりが今回の体たらくです……」

「なるほどね。エイダちゃんのことが少しだけ分かったよ」


 朋子はうなずくと、いつもの明るい笑みを向けた。


「でも、大丈夫だよ。失敗なんて誰だってするもの。あなたはそれを後悔しているのだから、べつに傲慢にはなっていない。むしろ大切なことをちゃんと解ってるってことだよ」

「大切なこと? ……わたしがですか」

「うん、大切なのは後悔をすること」

「後悔しないこと……ではなく、後悔することが大切なのですか?」


 目を丸くして訊いてくるエイダに朋子はしっかりとうなずきを返した。


「そうだよ。だって失敗しない人間なんて、この世にはひとりもいない。生きていれば誰だって必ず何度も失敗するし、知らず知らずのうちに人を傷つけたりもする。だから、後悔は絶対に必要なの」

「それは後悔と言うより反省と言ったほうが適切な気もしますが」

「反省ももちろん大事だけど、後悔が伴わない反省は、ただの自己愛だよ。自分が上手くやりたいだけで、そこには罪の意識が決定的に欠如している。だから、まずは後悔が大事。それをしない人こそ本当に傲慢なの」


 話し終えると、エイダはしばらくの間、黙って朋子を見つめていた。

 やがて、その視線がゆっくりと下がり、口元に笑みが浮かぶ。


「なるほど、確かにそうですね。確かにわたしの祖父は自分のための反省はしても、後悔だけはしない人だったようです。でも、わたしは……」

「うん。エイダちゃんは、ちゃんと後悔しているから大丈夫」

「ありがとうございます、部長」


 エイダがやわらかな笑みを浮かべる。それは出会って初めて見せてくれた心からの笑顔だった。


「あなたは大きな人ですね。尊敬します」


 澄んだ瞳で大仰なことを告げられて、朋子は思わず赤面した。


「いや、それはさすがにオーバーだよ。どっちかって言うと小柄だし」


 もちろんそんな意味で言われたわけではないと理解していたが、照れくささを誤魔化すために、ついそんなことをつぶやいた。

 それがおかしかったのだろう。エイダがくすくす笑う。


(あー、かわいいなぁ、この娘も)


 などと、ごく自然に思ったところで、朋子ははたと正気に戻る。


(いかん、なんか最近女の子にやたら愛情が湧いてくる!)


 腕を組んで自分の性的嗜好はノーマルなはずだなどと悶々としていると、部室の扉が開いて残りのふたりが入室してきた。


「一度にこんなに作るとは、どういう魔力をしているんだ? よく干物にならないな」


 言ったのは篤也だ。今日は、いつもどおりにニワトリのコカトリスを腕に止まらせている。


「多ければ多いほどいいって言ったのは先生じゃないか」 


 話し相手の希美は、やはり制服の上に水色のパーカーを着てフードを目深に被っていた。背中にはいつものようにヴァイオリンケースを担いで、両手をポケットに突っ込んでいる。

 これといってなんの意図もないのだろうが、相変わらず芸能人のように絵になる美少女だ。

 いつまでも眺めていたい――気がつけばそんなことを考えている自分に気づいて、朋子は慌てて頭を振った。

 そんな朋子の様子には気づくことなく、ふたりは世間話のように会話を続けている。


「一枚ごとに仲介料を貰うべきだったか」

「セコ……」


 どうやら術具作りのバイトの話をしているようだ。


「ねえ、希美ちゃん。昨日のことなんだけど」


 朋子が声をかけると希美と篤也が揃って顔を向けてきた。


「ほら、わたしたちって上手く連携できていなかったでしょ。それについて……」


 言いかけたところで鋭い声がそれを遮る。


「フッ……連携だと? 笑わせるな。クソザコのお前たちと連携などできるか」


 ただし、それを言ったのは希美ではなく篤也だ。


「――と雨夜は思っている」


 付け足す篤也に向かって希美が顔を真っ赤にして怒鳴る。


「そんなこと思ってない!」

「なぜだ? あれほど強いのだから、ここは思い上がってチームの和を乱し、後に仲間に助けられて涙を流しながら改心するのが、この漫画でのお前のポジションのはずだ」

「漫画じゃないし、そんなキャラは嫌だ!」

「我慢しろ。とにかくお前は仲間をクソザコと思い込むんだ」

「なんで!?」

「そういうキャラがひとりくらいいたほうが漫画は盛り上がるのだ」

「漫画じゃないって言ってるだろ! だいたいそんな奴が欲しいのなら自分がやればいい! 得意でしょ!」

「……確かに」


 変なところで納得して、篤也は怪しげなポーズで希美を指さした。


「フッ……胸以外はクソザコの雨夜希美よ」

「またそれか! つーか、やっぱムカつく! そんなキャラ根本的にいらない!」

「意見が合ったな」

「合ってない! って言うか、そっちの意見がいつの間にか翻ってる!」


 漫才を続けるふたりを眺めながら、エイダがポツリと口にする。


「仲か良いですね、あのふたり」

「そだね」


 適当に答えてから朋子は机に戻った。連携についての話し合いも大事だが、まずは昨日の事件についてのファイルを作成しなければならない。これも部長の大事な仕事だった。

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