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第38話 放課後のストーカー

 六時限目が終わると同時に、藤咲は勢いよく教室を飛び出した。

 これ以上、未来を待たせるわけにはいかない。今日こそは彼女の家を見つけ出してデートの約束を取りつけるのだ。

 未来の手前、学校はサボれなくなったので探索の時間は放課後か休日に限定される。

 にも関わらず、日頃の不勉強が祟って放課後は補習の嵐。休日は大雨となって、ろくに時間が取れなかった。

 それでもそれなりには探し回っていたのだが、今のところ見つかる気配がない。


「探し方がわりいのかな?」


 ふと気になって立ち止まる。

 誰かに意見を求めたいところだが、これについて話せる相手と言えば……。

 ふり返って昇降口を見やると、ちょうど良いタイミングで雨夜希美が姿を現した。

 パーカーのフードを目深に被り、口にはパラソルチョコをくわえている。お菓子の持ち込みなど自由な緩い校風なので校則違反というわけではない。

 おそらく部活に向かうところだろう。彼女が所属しているのは地球防衛部だ。以前話した時は入れていないと話していたが、いつの間にか無事入部を果たしたらしい。


「希美ーっ」


 大きな声で呼んでみたが彼女はこちらには見向きもせず、真っ直ぐに文化部棟に歩いていく。


「のーぞーみーっ!」


 さらに大きな声で呼びかけるが結果は同じだ。

 やや思案してから藤咲はつぶやいた。


「裸エプロン」


 決して大きな声ではなかったはずなのだが、希美はくるりとこちらに向き直ってズカズカと形容したくなる早足で詰め寄ってきた。

 口からパラソルチョコの棒を引き抜くと同時に真っ赤な顔で怒鳴りつけてくる。


「いい加減にしろっ。いつまで、そのネタを引きずる気だ!」

「つれなくするからだろ。人が呼んでるってのに」

「それがどうかしている。君はあの女の味方なんだろ。だったら、わたしとは敵同士じゃないか」


 思いもよらぬことを言われたが、おそらく本気ではあるまい。藤咲を無視する理由を咄嗟にでっち上げたのだろう。


「なるほど、照れ隠しだな。うい奴よ」

「はあ!? 訳わかんないんだけど」


 顔をしかめる希美。美人が台無しだ。藤咲は、ため息を吐きつつ、薄っぺらいカバンを地面に立てると、その上に器用に座ってから口を開いた。


「まあ聞いてくれ」

「イヤだ」


 身も蓋もない反応だが希美の扱い方は心得ている。気にせず話を続ければ無視されることはない。


「実はこの間、未来さんに偶然出会ったんだけど、その時にわたしの家を見つけてみなさいって言われたんだ。それで、あちこち探し回ってるんだけど全然見つからなくてさ」


 藤咲が真顔で話し終えても、希美はしばらくの間、黙って彼を睨みつけていたが、やがて深々とため息を吐いた。ゆっくりと頭を振りながら訊いてくる。


「君はどんな家を探してるんだ?」

「どんな家って?」

「いかにも魔女が住んでますって感じの建物ばかりに目を向けているんじゃないか?」


 これは図星だった。彼女に平凡な一戸建ては似合わない。


「ごく普通の家を探せ。あいつは仮にも小夜楢未来を名乗っているんだ。つまりは犯罪者だ。目立つ建物なんかに住んでいるはずがない」

「なるほど……」


 感心したようにうなずく藤咲。これはたしかに盲点だった。犯罪者かどうかはともかく、彼女が人目を避けて生活しているのは事実だと思える。


「サンキュー希美。今度何か奢ってやるよ」


 それだけ告げると藤咲は軽く手を振りながら走り出す。


「表札に小夜楢なんて出てないから間違えるなよ」


 背後から追いかけるように響いてきた希美の声に応えて、もう一度手を振る。思った通り律儀な女だ。

 顔もスタイルも申し分ないし、声も未来によく似ている。もし未来と出会えていなければ、彼女にしてやってもいいくらいだ。フラれる可能性など微塵も考慮せずに藤咲はそう思った。

 しかし、運命の人に出会ってしまった以上、脇目を振っている暇はない。

 とりあえず、未来と出会ったあの場所から、もう一度、やり直しだ。


「けど、表札が出てないとなると、これは大変な作業になるな。何回ピンポンダッシュが必要になるか判らないぞ」

「普通に聞き込みをするという発想はできないのか?」


 呆れ返った声に振り向くと、たった今別れたはずの希美が立っていた。


「希美? 俺が恋しくて追ってきたのか?」

「忘れ物だ」


 そっぽを向きながらカバンを突きつけてくる。そういえば、さっきイス代わりにしたのだった。


「とにかく普通に探せ。イタズラまがいのことをして見つけても、あの女は喜ばないぞ……たぶん」


 自信なさげにひと言付け足す。しかし藤咲は普通に真に受けていた。


「それもそうか。やさしい人だもんなぁ」


 しみじみと頷きながら腕を組む。どうやら地道に聞いて回るしかなさそうだが……。


「ストーカーと間違われないかな?」

「事実ストーカーなんだから気にするな」


 希美に言われて藤咲は納得した。


「それもそうか」

「納得するのか……」


 唖然とする希美は放っておいて、藤咲は方針を決定する。


「よし、そうと決まれば善は急げだ」

「善なのか?」


 希美の冷たい声は無視して走り出した。しかし、学校前の坂道を下るスクールバスの発車時刻は当然ながら決まっている。慌てて教室を出たところで、なんの意味もないのだった。

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