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第39話 放課後の襲撃者Ⅰ

 藤咲がいつもの駅を出て、とりあえず自宅に足を向けると、北朱里とバッタリ出くわした。彼女とは家が近く、小中高と同じ学校だが、高校に入るまでは、これといって接点がなかった。

 もちろんお互いに存在は認識していて口を利いたことも皆無ではないので、幼なじみと言えなくもないが、仲が良いわけでも悪いわけでもない。

 それでも、せっかく高校まで一緒になったことだし、たまには遊びに誘おうと思って他のクラスメイト達と一緒にゲーセンに行ったのだが、あのような結果になって、とくに距離は縮まっていない。

 今日も教室で少し話をしたが、友達と呼べるほど親しくなっていないのが現状だ。

 だからといって遠慮するような藤咲ではない。


「おーい、朱里」


 大きな声で誰憚ることなく声をかける。

 突然呼び止められて、朱里は少しばかり驚いたようだが、とくに嫌な顔はしなかった。


「藤咲くんも同じ電車だったのね」

「みたいだな。……ってことはバスも同じだったのか。気づかなかったな」

「わたしも気がつかなかったわ。考えごとをしていたからかしら」

「お互いにの悩み多き年頃だからな」

「うん……」


 うなずいた後、朱里は慌てて顔を上げた。


「え? なんの悩みって?」

「いろいろだよ。いろいろな悩み」

「…………」


 しばらく黙ったあと、朱里は疲れたように肩を落とした。


「藤咲くん、あなたって本当に……」


 朱里が一旦言葉を切ったのは、前方からゾロゾロと高校生の集団が歩いてきたからだ。陽楠学園と違って特徴のない制服だが、おそらくはこの近くにある公立高校の生徒たちだろう。下校のために駅に向かうところのようだ。

 とりあえず通り過ぎるのを待つふたりだったが、次の瞬間、いきなり視界がブレた。

 既視感のある感覚というのは正確ではないかもしれない。前回はなんの違和感もなく異界に入り込んだからだ。それでも不思議と覚えのある感覚に思えた。

 戸惑う間もなく、一瞬にして目の前の風景が変化する。今度は間違いなく見覚えのある場所だ。初めて未来と出会った外人墓地が目の前に広がっていた。

 近くには下校中だった他校の高校生たち。当然ながら混乱し、パニックを起こしかけている。

 藤咲は期待に満ちた眼差しで未来の姿を捜すが、響いてきたのは聞き覚えのない男の声だった。


「俺はサヨナラ四天王のザンギ。お前たちの寿命を刈り取らせてもらう!」


 声を辿って顔を向ければ、いかにもな男が長柄の斧ポールアックスを手にして立っている。


「藤咲くん……」


 朱里の声は震えていた。深天から貰ったらペンダントを握りしめながら、身を強張らせている。それを庇うように前に踏み出すと、藤咲は男を真正面から睨みつけた。


「てめえ、俺の未来さんと、どういう関係だ!?」

「…………」


 突きつけられた第一声にザンギは一瞬間の抜けた顔で黙り込んだ。

 そこに指をビシッと突きつけて名乗りを上げる。


「俺は藤咲旭人! 未来さんに交際を申し込んでいる男だ!」

「ただの片思いかよ……つーか、マジであいつの知り合いか?」

「ゲロマジだ!」


 怪しげな表現で答えるが、ザンギは軽く頭をかいたあと、改めて武器を突きつけてくる。


「なんであれ遠慮する理由にはならねえ! 他の連中ともども斬り刻ませてもらうぜ!」

「上等だ、横恋慕野郎! てめえなんざに未来さんは渡さねえ!」


 拳を握りしめて威勢よく啖呵を切った藤咲だったが、ザンギはまったく気にすることなく斬りかかってきた。

 やる気だけはマックスの藤咲だったが、まったく反応できない。

 だが、彼の後ろにいた朱里は意外な早さで反応した。

 握りしめたペンダントを突き出しながら、藤咲を庇うようにザンギの前に躍り出たのだ。


「それは!」


 ザンギが驚きの声をあげる。

 朱里が手にしたペンダントから青白い光が生じ、かつて深天が、生み出したような障壁が展開されていたのだ。

 そこに振り下ろされた長柄の斧ポールアックスが激突して激しいスパークが生じる、

 一撃は凌いだものの、朱里の身体は大きく弾き飛ばされた。藤咲は慌てて受け止めるが、支えきれずに尻餅をついてしまう。

 朱里の結界は、それで消滅したが、ザンギも同じように弾かれたらしく大きく後退している。


「まさか、ハルメニウスの護符とはな。お前もあの神の信者ってことか」


 忌々しげに朱里を見据えるが、すぐに気を取り直したようにほくそ笑む。


「だが、残念だったな。神が人間に授けられる力は信者の数に比例する! ちっぽけな教団の神なんざ俺たちの敵じゃねえぜ!」


 武器を構えなおすザンギ。


「くそっ、万事休すか」


 現実で使ったのは生まれて初めての言葉だ。いつか言ってみたいセリフの一つとして考えていたが、いざこうなってみると、一生言いたくないセリフにしておくべきだったと後悔する。

 息を呑む藤咲。勢いだけで勝てる相手でないことは、さすがにもう理解していた。それでも男として、このまま引き下がることはできない。せめて自分を守ろうとしてくれた朱里だけでも助けなければ。

 決意とともに立ち上がるが、あんな怪人に対抗しうる力など藤咲は持ち合わせていない。

 ならば、ここは格好など気にせず他力本願でもいいから、どうにかして切り抜けるしかない。


(うん? 他力本願って本当にそういう意味だったか? 世の中誤用が多いから気をつけないとな)


 思考が脱線して間の抜けた顔を浮かべる藤咲を見て、ザンギが怪訝な表情を浮かべる。


「なんなんだ、お前のその余裕は? 未来の知り合いだからといって俺は遠慮しねえぞ。それとも、この状況を切り抜ける秘策があるとでも言うのか?」


 それを聞いたことで、藤咲の脳裏に浮かぶ顔があった。教室の隅の席で、いつも背中を丸めている、おとなしい少女。

 だが、それは見せかけの姿だ。本当は気が強く、怪物が相手でも一歩も引かない力の持ち主で、そのくせ頼みごとをされると断れないお人好しでもある。

 確信があったわけではない。それでも思いついたときには、その名を呼んでいた。


「のぞみぃぃぃぃぃぃッ!」 


 叫びながら、ついでに指をパチンと鳴らす藤咲。

 ザンギは眉をひそめた。

 何も起きない。当たり前だ。落胆しかける藤咲だったが、諦めるのは、やや早すぎたようだ。

 突然、分厚い氷がひび割れるような音が響き、目の前の空間に亀裂が走ると、一瞬後にはガラスのように砕け散る。


「なにぃっ!?」


 ザンギが驚愕の声をあげた。基本的にオーバーアクション気味の男だが、この驚きは演技ではないだろう。

 藤咲もまた驚いてはいたが、どちらかと言えば歓喜の気持ちが強い。


「雨夜さん……!」


 朱里もまた救われたようにその名を口にしていた。

 空間に穿たれた穴をするりと抜けて、見慣れた少女がふわりと降り立つ。

 雨夜希美だ。手には光り輝く金色の大鎌プレアデス。瞳にはすでに赤い光が灯っていた。

 そしてその後を追うようにして、もうひとり、見覚えのある少女が現れる。こちらはセーラー服姿で、頭にだけシスターのようなベールをかけている。


「深天ぁ?」


 藤咲が素っ頓狂な声をあげる。深天もまた不思議な力を持っていることは知っていたが、さすがにこれは想定外だった。

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