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第41話 放課後の襲撃者Ⅲ

 自らがプレアデスと名付けた大鎌を手にして希美がゆっくりと身を起こす。剣呑な視線をザンギに向けると、不機嫌そうに問いかけた。


「誰だ、お前?」

「いきなり出てきてそれか!? っていうか、お前ら、どうやってここに現れやがった!?」


 長柄の斧ポールアックスをふたりに突きつけてザンギが喚く。


「ハルメニウスさまのお告げです。我が教団のシンボルを持つ者が窮地に陥っていると」


 深天はせせら笑うように答える。


「それが分かったからといって、そんなマイナー神に信者を送り込むほどの力があるはずがねえだろ!」


 いきり立つザンギに対して深天は落ち着いた口調で言葉を返す。


「我が神への侮辱は看過しかねますが、わたしがここに来られたのは確かに神の御業ではありません」


 それを聞いてザンギが当然のように希美に目を向けた。


「お前の仕業だというわけか? いったい何者だお前は?」

「雨夜希美――地球防衛部だ」

「稀代の魔女の作品――金色の武具アースセーバーを継承する者たちか。だが、いかに魔女の武器を手にしたからといって、この空間に割り込みをかけるなんて真似ができるはずがねえ。魔術師だな、お前」


 指摘するザンギの顔には、先ほどまでの余裕はない。思いがけぬ強敵の登場に真剣な面持ちを浮かべている。

 対する希美は油断なく大鎌を構えつつも、視線を巡らせて藤咲や朱里、さらには他の高校生の無事を確認しているようだ。

 ようやく我に返った藤咲は余裕の笑みを浮かべて希美に声をかけた。


「さすがだな、希美。俺の召喚に応じて一瞬でここに現れるとは」


 だが、せっかく褒めたにもかかわらず、希美は嫌そうな顔を藤咲に向けてくる。


「いや、お前までいるとは思ってなかったんだけど?」

「ツンデレか?」

「あまりにも違う」


 ふたりのやり取りを前にしてザンギが声を荒げる。


「こら、こっちを向きやがれ」


 希美が素直に応じると、ザンギは気を取り直したように斜に構えた笑みを浮かべて、声高に名乗りをあげた。


「俺はサヨナラ四天王のザンギ。お前がどこの誰であろうと敵ならば叩き潰すまでだ。四天王の名に懸けてな!」


 しかし、この宣言を聞いて希美はクスリと笑う。


「まさかとは思うけど、四天王ってひとり四役なのか? お前、エイダに負けて、円卓にしょっ引かれたザンキ本人だろ?」

「ち、違う! 俺はザンキではなくザンギだ! あんな未熟者と一緒にするな!」


 否定しつつも、ザンギはあからさまに慌てていた。


「まあいい。どっちにせよ、やることはひとつだ」


 金色の鎌プレアデスを構え直す希美。瞳に宿った赤い魔力の光が輝きを増す。

 ザンギが剣を構えるのを待って大地を蹴ると、一直線に踏み込んでいった。

 それを阻まんと複数の骸骨兵が前に出るが、閃光のように振るわれた大鎌が、これをまとめて分断する。

 ザンギはその隙を狙って長柄の斧ポールアックスで仕掛けた。

 上段から振り下ろされる斧の一撃を、希美は骸骨を斬り裂いた勢いを利用して、一回転して受け止める。武器の重量、そして腕力もザンギが上のはずだが、希美はこの一撃を受けて微動だにしない。


「馬鹿力だったのか、あいつ?」


 驚く藤咲に、深天が答える。


「いいえ、あれも魔術です。自分の身体機能を強化して一時的に力を増しているのでしょう。あまり使い手は多くないとのことですが……」

「どうして?」

「身体機能の拡張は一見便利に思えるでしょうが、突然能力が増した身体を制御するのは想像以上に困難なものです。言ってみれば他人の身体で戦うようなものですから」

「つまり、格ゲーで言えば、使い慣れていないキャラをいきなり使うようなものか」


 藤咲の例えに深天が苦笑する。


「それ以上に難しいのですよ。しかも自分に使うとなると、その間、常に魔力を制御し続けなければならない。その状態で戦えること自体、驚異的なことです」

「……てことは。もしかして、あいつ結構すげえの?」

「ええ、彼女は天才です。怖ろしいほどの」


 深天の横顔は冗談を言っているようには見えなかった。

 ふたりが話している間にも、希美とザンギの攻防は続いてる。互角ではない。希美が一方的に押していた。

 金色の鎌プレアデスが光の竜巻のようにザンギに襲いかかり、彼は必死になってこれを打ち払っているが、完全には防ぎきれず、全身に無数の裂傷を負っている。

 希美がやや大ぶりになった僅かな隙に、かろうじて跳び退ると、それでもザンギは舌なめずりをして愉しげな笑みを浮かべてみせた。


「へへ……やってくれるぜ。お前を倒すには、どうやら奥義を使うしかなさそうだな!」


 大見得を切って長柄の斧ポールアックスを上段に構える。

 隙だらけだが、それをカバーするように残りの骸骨兵たちが壁となって希美の行く手を阻んだ。掲げられた斧を中心に大気が渦を巻き、戦いで砕けた墓石の破片や小石が吸い寄せられるようにして宙に舞った。

 神秘に疎い藤咲でさえ、そこに魔力が集まっていくのをハッキリと感じることができる。深天も緊張した面持ちで朱里を庇うように前に出た。

 希美は手早く骸骨兵を片づけると大きくザンギの横に回り込む。その動きの意味は藤咲にも理解できた。ザンギの攻撃を人々から逸らすためだ。


「あのお人好しが……」


 思わず毒づく藤咲だが、希美としては他にやりようもないだろう。

 ザンギは希美を逃がすまいと身体の向きを変えて、雄叫びとともに長柄の斧ポールアックスを振り下ろす。魔力はすでにじゅうぶんに高まっていた。


「奥義! 大切断嵐ぃぃぃぃぃっ!!」

「技名がパクリくさい!」


 思わずツッコんだのは意外なことに朱里だった。

 だが、それに反応している余裕はない。技の名前はともかく、その威力はすさまじいものだった。

 まったく違う方向に繰り出されたというのに、その余波が衝撃波となって押し寄せる。咄嗟に深天が結界を張らなければ、藤咲と背後の高校生たちは、為す術もなく薙ぎ倒されていただろう。

 ザンギが斧から生じさせた白光は大地を大きく抉り、進路上にあった墓石を次々に蒸発させていく。魔力の光に目が眩んで、藤咲には状況が分からない。


「希美!?」


 焦って名を呼ぶが、彼女の姿は光に呑まれて――、


「上!」


 朱里の声で視線を移すと、希美の姿はそこにあった。大鎌を手にしたままムーンサルトのように宙返りをしてザンギの技を綺麗にかわしている。


「バカな――!!」


 愕然と声をあげるザンギ。

 希美は魔力を纏って加速すると、急降下しながら手にした金色の鎌プレアデスでザンギの身体を容赦なく斬り裂いた。


「うぎゃああああーっ!」


 断末魔の叫びを残してザンギの身体が綺麗に両断される。

 だが、倒れる暇もなく、その身は光の粒子となって消えていく。

 静かに着地を決めた希美は、それをつまらなそうに見つめていた。

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