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第42話 夕暮れ

 ザンギの消滅によって異空間が崩れ落ちると、一同は元の場所に戻っていた。


(タイミングが悪いと車に撥ねられそうだな)


 藤咲は意外な危険に気づきつつ、とりあえず人々の様子を確認する。

 朱里と深天はもちろん無事だ。その向こう側で身を寄せ合っている他校の高校生たちも、とくに怪我はなさそうだった。

 ふり返ればやや離れた場所に希美がいて、あの日と同じように縦長のケースに折り畳んだ武器を収納している。


「あ、あんたら、いったいなんなんだ?」


 怯えるような声に向き直ると、他校の男子生徒が離れた場所で立ち尽くしていた。

 彼らにしてみればザンギはもちろんのこと、それを撃退した希美や不思議な力を使った深天も怖ろしい怪人のように見えるのだろう。

 それでも深天は彼らに向き直って堂々と告げる。


「わたしはハルメニウスさまにお仕えする神官です。先ほどの男は危険な魔女の手先といったところでしょうね」

「神官? 魔女? 訳分かんねえよ! ゲームじゃあるまいし! 頭イカレてんのか!」


 半ば恐慌状態の連中がヒステリックにまくし立てているが、こういう手合いには慣れているのか、深天はいたって落ち着いている。

 とりあえず藤咲にとってはどうでもいい連中なので、そちらは深天に丸投げすることにして、彼は朱里と共に小走りで希美のもとに駆け寄った。


「希美」


 名前を呼ぶと、彼女はいつもどおりの仏頂面を向けてくる。


「ふたりとも、怪我はないのか?」


 逆に訊かれて朱里は困ったような顔になった。


「それはむしろ、こっちのセリフだよ。あんな危ない人と戦って……」

「まったくだ。わざわざ自分に狙いを惹きつけるなんて無茶なことしやがって」


 藤咲が続けると、希美はフードを目深に被り直してそっぽを向いた。


「あの場合、それしかなかっただろ」

「そうだけど、もし雨夜さんに何かあったりしたら……」


 泣きそうな顔をする朱里。どうやら藤咲よりも、よほど心配していたようだ。


「心配ない。あの仮想空間では誰も死なないし、傷つきもしない。わたしが真っ二つにしたあの男も、どこかでピンピンしているはずだ」

「そうなの?」

「けどあいつは、寿命を刈り取るとか言っていたぞ」


 藤咲の言葉に朱里はハッとさせられたが、希美は平然と訊き返してくる。


「寿命ってなんだ?」


 この問いに、藤咲は首を傾げた。何を意図した言葉かピンと来なかったためだ。

 だがどのみち答えを期待していたわけではないらしく、希美はそのまま説明に移る。


「人間の寿命は基本的に肉体的な要因で決まるのであって、寿命などというものがあらかじめ定められているわけじゃない。だから寿命を奪うなんてあり得ない話だ」


 説明を聞いて藤咲は合点がいった。


「つまり、あれってハッタリか、そうだよな。あれが未来さんの仲間なら、そんな悪いことをするわけが……」

「寿命ではない、別の何かを奪われる可能性はあるけどな」

「…………!」


 お得意のポジティブ思考を遮られて藤咲は硬直した。さらに意地悪く希美が告げてくる。


「君が本当にあの女と仲良くなれるなら、そのあたりのことを聞き出してもらいたいところだ」

「俺に未来さんをスパイしろって言うつもりか?」

「いいや、そんなことを頼んだからといって、簡単にボロを出す女じゃない。ただ、君も気をつけた方がいい。あの女は殺しはしないようだが、こんなことをしている以上は、何かしら良からぬことを企んでいるはずだ」

「俺にはそんな人には思えないけどな」


 本心からそう思う藤咲だが、自分の言葉が共感を得られないことは理解している。そもそも彼の意見は理屈を伴わない直感で、それは自分でも理解していた。

 それでも藤咲は、時に直感が理屈に勝ることがあると信じている。

 希美は話はこれで終わりとばかりに背を向けて歩き出そうとするが、朱里が背中から呼び止めた。


「待って、雨夜さん」


 立ち止まった希美が背中越しに顔を向けると、朱里はやや怯んだように見えた。


「え、えーと、その……」


 言い淀んであたふたとする形ばかりの幼なじみを見て、藤咲は助け船を出す。


「希美、こいつを家まで送ってやってくれよ。あんなことの後でおっかねえだろうからさ」

「分かった」


 あっさり希美が承知すると、朱里は感激したように藤咲を見つめた。


「ありがとう」


 ひと言告げると駆け足で希美の横に並び、一緒に歩き始める。

 それを見送ってから振り向くと、深天は被害者たちに自分の信奉する神について熱弁を振るっていた。どうやら新たな信者をまとめて獲得できそうな様子だ。

 苦笑して肩を竦めると、藤咲もその場を後にする。

 よけいなイベントが割り込んだが、今日の予定は変わらない。小夜楢未来を見つけ出して、そして――


(スパイ……か)


 ぼんやりとそれについて考えていた。

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