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第50話 本当に物好きな人ね

 藤咲が小夜楢未来の家を見つけることができたのは、努力の成果ではなく偶然だった。

 ザンギとの戦いのあと、希美たちと別れた藤咲は、先日、未来と出くわした場所へと足を向けたのだが、そこでヘロヘロになったザンギを見つけたのだ。

 気になって後をつけていくと、極めて平凡な民家の扉を開いて中に入っていく。

 すぐにピンと来るほど察しの良い藤咲ではなかったが、考えているうちに、さすがに閃いた。そこが未来の隠れ家なのだと。

 思いついたら即行動が藤咲の信条だ。危険などまったく考慮せずに呼び鈴を鳴らし、苦笑しながら出てきた未来と見事再会を果たしたのである。

 デートはまだだが、この日は近くの公園で会う約束をしている。

 女性を待たせては男がすたると考えた藤咲は、なるべく急いで公園に向かったのだが、意外なことに、未来はすでにそこで待っていた。


(こんなに早く来てるなんて、未来さん、よっぽど俺に会いたかったのかな?)


 おめでたい考えも浮かんでくるが、未来の態度を見る限り、あまりそんなふうには見えない。なにせ、第一声が、


「あら、もう来たの?」だったのだ。


 冷たくもないが温かさも皆無な口調だった。

 とりあえず、杓子定規な挨拶をしてから、明るい話題を振ろうとする藤咲だったが、未来は彼のペースには乗ってこない。


「雨夜さんはどうしてるのかしら? あなたがわたしに会うことをあの娘は歓迎しそうにないのだけれど」


 やや迷ったものの藤咲は正直に答えた。


「確かにいろいろ言ってきますけど、邪魔をする気はないようです。ただ、あなたのことを相変わらず警戒しているようで……」

「当然でしょうね。でも……」


 未来は少し考え込むような仕草でつぶやく。


「彼女はいったい何者なのかしら?」

「魔術師だそうですけど?」

「問題はどこの魔術師かということよ。昨日、彼女はザンの邪魔をするために、空間転移魔術を行使してみせたそうだけど、あれは独学で身につけられる術ではないわ。国内でその術式を解き明かした学派自体数えるほどだし、そんな彼らにとってさえ極意中の極意とされるものよ。とうてい無名の魔術師とは思えない」


 未来はどこか薄ら寒いものを感じているようだ。


「あなたは何か聞いてないの? あの娘の出自とか」

「いえ、孤児ってこと以外はとくに……」

「そう」


 俯いて考え込む未来。真剣そのものの横顔だ。それもまた、ため息が出そうになるほど美しい。

 藤咲は彼女を愛する者として、なんとか力になりたいと思った。


「さりげなく訊いてみましょうか?」

「そうね、お願いしようかしら」


 未来の返事を聞いて藤咲は舞い上がる。愛する人に頼りにされるのは男冥利に尽きるというものだ。


「分かりました、未来さん。この俺にお任せ下さい! 拷問してでも吐かせてみせます!」

「い、いえ、それはやめてちょうだい。魔術師なんて人種は結構簡単に人を殺めるものよ、いくら知り合いでも甘く見てはダメ」


 未来は本気で心配している様子だったが、さすがに希美に人が殺せるとは思えない。


「大丈夫です。無茶はしません。それに、あいつはバカみたいにお人好しですから、そもそも人なんて殺せません」

「ならいいのだけど」


 未来はなおも心配している様子だった。やはり冷酷な魔女には見えない。話をすればするほどやさしい人に思えてきて、どんどん好きになっていく気がする。

 だからこそ藤咲は思いきって訊いてみることにした。


「未来さん、あなたの目的を教えていただけませんか? 希美はいろいろ言うけど俺は未来さんを信じている。いえ、信じたいんです!」

「つまり、信じ切れてはいないというわけね」


 苦笑する未来。

 藤咲は正直に頷いた。


「すみません。たぶん、心のどこかでは疑っています。ですが……」


 続く言葉を未来は手で制した。


「構わないわ。いえ、むしろ、それを聞いて安心した。今の状況でわたしを百パーセント信じているようなら愚かすぎるもの」

「未来さん……」

「実際のところ、あなたには教えてあげても良いのだけど、そんなことをすればわたしの敵があなたから、その情報を引き出そうとするでしょう。さすがにそれは困る。まだ知られるわけにはいかないの」

「雨夜に限ってそんなことは……」

「彼女はともかく、西御寺篤也と円卓は信用できない。彼らが敵視するのは悪ではなくて摂理を乱すもの。わたしの目的は人として誇れるものだと自負しているけれど、摂理を乱す行いであることは否定できない。だから、ごめんなさい。わたしが今あなたに教えてあげられるのは、ここまでよ」


 未来の言葉は藤咲が期待していたものではなかったが、それでもじゅうぶんだった。やはりこの人は善良な魔女だ。それを確信する。もしそうでないのなら、もっと適当な嘘で心証を良くしようとしていたはずだ。

 藤咲が導き出した結論は論理的とは言い難いものだったが、それでも未来の言葉に真摯なものを感じたのは事実だ。


「わかりました、未来さん。その答えはいつか話せるようになったら、そのときに聞かせて下さい。それまで俺は全力であなたを信じる努力をします」


 藤咲の宣言を聞いて未来ははにかむような微笑を浮かべる。


「本当に物好きな人ね、あなたって」


 その表情は掛け値なしに魅力的だった。

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