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第56話 とても覚えきれん

 反射的に立ち上がって顔を向けると、朋子とエイダに付き添われた希美が頭にニワトリを乗せて立っている。


「起きたのか」


 篤也は小走りに駆け寄ると希美の様子を確かめた。

 顔色は悪くないが、顔はしかめている。


「私の記憶より、幾分不細工になった気がするが、魔術の副作用か?」

「頭の上の鶏のせいだろっ。起きるなり飛び乗ってきて離れようとしない! こいつはわたしの頭を何だと思ってるんだ!?」


 元気に喚く姿を見て、内心でほっとする。それでも態度には出さずに、いつものように適当なことを告げた。


「頭がどうというよりも、こいつはお前のことを自分のオンナと思っている節があるからな」

「なんだそりゃ!? 唐揚げにするぞ、こらっ」


 頭上の不届きものに向かって叫ぶ希美だが、コカトリスは知らん顔をしている。

 そんな希美を見て、朋子は苦笑いを浮かべていたが、エイダは先ほどの言葉が気になったようだ。


「東条家のやり方というのは?」


 訊ねはしたものの、希美は頭のコカトリスを両手で引き剥がそうともがいていた。しかし、かれはよほどその場所が気に入ったのか、希美の髪をしっかりとつかんだまま離れようとしない。

 ひとまずあきらめると、希美はエイダに向き直って説明を始める。


「東条家最大の秘法だ。自分たちで魔術のルールを構築して、魔法として摂理に組み込む。これによって彼らは本来機能しないはずの独自の魔術を操ることができるんだ。東条家に属する愛庭あいば空庭あきば戦庭いくさば神庭かんば桜庭さくらば夏庭なつば耀庭ひかりばの七家が創設したことで、七大儀典霊法って呼ばれるようになったらしいけど、その方法は門外不出で彼ら以外の誰にも完璧な形での再現はできていない」

「むぅ……」


 深刻な顔で篤也が呻く。


「とても覚えきれん」

「中でも夏庭が有名だ。あの一族はこれがあるからこそ、本来魔術が不得手としている癒やしの分野で大成している。でもまあ、覚える必要はないだろ。どうせ、わたしたちには無縁の世界だ。もっとも、そちらの教祖様にとっては、興味深い話かもしれないけどな」


 希美が顔を向けると、耀は肩を竦めて苦笑した。


「興味があるのは認めるけど、盗めるような相手じゃないわよ」

「だろうな。相手は国内最大の秘術組織だ。敵に回せば軽く死ねる」


 言い終えると希美は改めてコカトリスを引き剥がそうとするが、やはりかれは全力で希美の髪を鷲づかみにしていて、梃子てこでも動きそうにない。


「雨夜、身体の調子はどうだ? どこか不調を感じているなら、すぐに言ってくれ」


 ひとまず変人の演技はやめて篤也は真面目に訊いた。魔術の過剰使用によって後遺症が残るのはよくある話だ。


「とりあえず頭の上に変なのが乗って離れないのが、不調と言えば不調だ」


 迷惑そうな顔で答える希美を見かねて、篤也はコカトリスを両手で抱え上げた。意外にすんなりと離れたので拍子抜けする。


「さすがは飼い主ですね」


 感心するエイダ。


「どうしてニワトリなんて飼ってるの?」


 耀が首を傾げる。質問ではなくひとり言のようだ。

 とりあえずニワトリから解放された希美は軽く息を吐いてから、篤也に向き直って深々と頭を下げた。


「心配かけてごめんなさい」


 殊勝な態度を見せる希美の頭に、篤也がコカトリスを置き直す。


「何すんのーっ!?」


 信じられないといった顔をしつつ、再びニワトリと格闘する希美を見て、篤也は思ったままを口にした。


「これは面白い」

「こらこら、先生」


 篤也を窘めながら、今度は朋子がコカトリスに手を伸ばす。当然のように踏ん張って抵抗するコカトリスだったが、ここは朋子の方が上手だった。彼女はかれの首の後ろをやさしく撫でて、うっとりとさせるとその隙にかれの身体をあっさりと持ち上げてしまった。


「ありがとう、朋子先輩。さあ、そのまま調理場にゴー」

「いや、さすがにそれはかわいそう……」


 朋子が言いかけるのを聞いて、エイダが代案を出す。


「では、柳の鞭でぶちましょう」

「それはカナリヤ……いや、どちらにせよぶっちゃダメだけど」


 朋子が言って、三人はそのままコカトリスの処遇を巡って意見を交わし続ける。

 さすがに身の危険を感じたのか、かれは朋子の手から逃れると、本来の定位置である篤也の腕に退避した。


「さて、いい加減時間も遅いし、そろそろ帰るとするか」


 篤也が提案すると三人娘も素直に同意して帰り支度を始める。


「あれ? わたしの服は?」


 今さらながらに自分の格好に気づいて希美が首を傾げた。


「ああ、ちょっと待って。もう乾いていると思うから」


 そう言って耀が小走りに礼拝堂を出て行く。


「魔術を使えば乾かすのは簡単だが、お前の服はかなり汚れていたからな」


 篤也が告げると、希美は怖々と訊いてきた。


「着替えさせたのは誰?」

「それは私が――」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 身を震わせる希美だが、篤也の言葉には続きがある。


「――部長たちに頼んだ」


 最後まで言い終えると、希美は恨みがましい視線を向けてきた。


「遊んでる?」

「いや、お前が早とちりしただけだ」

「うーっ」


 納得がいかない様子で呻き声などあげている。

 いつもどおりの態度で安心するが、それでも篤也は念のためにエイダに頼んだ。


「エイダ、悪いが今日は雨夜の家に泊まってくれ。やはり後遺症が気になる。丸一日は突然変調をきたさないか診ていた方がいい」

「わかりました」


 エイダがうなずく横で、希美は何か言いたげな顔を見せたが、結局は断念して受け入れたようだ。人の心遣いを無闇に拒まなくなってきているのは、良い変化と言えるだろう。

 しばらくして耀が衣類を抱えて戻ってくると、希美は丁寧に頭を下げて世話になった礼を告げた。朋子とエイダもそれぞれに謝辞を述べて礼拝堂の出口へと向かう。

 篤也は、それに続こうと歩きかけたところで、足を止めてふり返った。


「耀、今日は助かった。ありがとう」

「ええ、気をつけて帰ってね」

「ああ」


 穏やかに微笑むと彼女も同じように微笑んでくれた。

 少しだけ良い気分で篤也も礼拝堂を後にした。

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