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第59話 グッジョブ

 希美が教室に戻ると、そこに藤咲の姿はなかった。

 仲間にバレたことを、どう説明するべきかと頭を抱えていたのだが、とりあえずは保留で良さそうだ。

 もともと、あまり真面目な男ではないため、授業をボイコットしたとしても不思議ではない。

 ただ、深天の姿まで見えないのは、さすがに気になった。

 教室を見回して、朱里の姿を見つけると、駆け寄って訊ねる。


「北さん、藤咲と深天を知らないか?」

「あのふたりなら一緒に出ていったよ」

「どこに行ったか分かるか?」

「ううん。べつに深刻な様子ではなかったけど」

「そうか……」


 微妙に嫌な予感がするが確かめようもない。

 しかたなく自分の席に戻ると、椅子に座って授業の準備を始める。

 あの日を境にクラスメイトとの距離感が極端に変化したわけではない。希美は相変わらず、教室の隅っこで黙り込んでいることが多かった。

 それでも、あの日同行した人たちは、顔を合わせれば笑いかけてくれるし、簡単な挨拶なら交わすようになっている。

 朱里は休み時間などに話しかけてくることもあるが、それほどマメではない。それでも視線が合えば、やたらと嬉しそうな顔を向けてくる。普段あまり近づいてこないのは、希美の性格を理解して、遠慮してくれているのだろう。

 正直、教室では静かに過ごしたい。部活の仲間と違って、クラスメイトたちは基本的に一般人だ。普通でない家庭で育った希美にとっては、どこか遠い人種だった。



 放課後を待って、地球防衛部は予定通りにハルメニウス教会へと足を運んだ。

 老けメイクを施した耀(それでも二十代に見える)と神官の深天。それ以外にも十人の信者が集まっている。男女比率は丁度半々だ。

 円を描くかのように立ち並んだ彼らの真ん中には、椅子が置かれていて、そこに藤咲が縛りつけられていた。

 頭を抱える希美。すっかり失念していたが、藤咲が魔女にご執心だと知っているのは希美だけではなかったのだ。

 藤咲は完全に脱力して白目を剥いている。口をポカンと開いたまま、よだれを垂らしていた。

 それを見て篤也が厳しい視線を向ける。


「魔術を使って情報を引き出したのか?」

「神聖術で幻覚を見せて骨抜きにしたのです。魔女の隠れ家について、きっちりと話してくれましたわ」


 深天は得意げだ。

 じろりと睨みつける篤也。親指を立てて告げる。


「グッジョブ」

「いや、ダメだろ! 人として!」


 慌ててツッコむ希美。

 篤也はふんぞり返るようにして答えた。


「それだけに他人がやってくれるとありがたい。我々は手を汚さずにすむ」

「無駄に正直だね、先生」


 朋子も呆れ顔だ。さらにエイダが続く。


「部長の仰る通りです。せめて表面的には非難しておいて、成果だけいただきましょう」

「そっちの方が黒いわ!」


 つい先程も部室でいかがわしい目に遭いかけたし、エイダも意外に危ない人物かもしれない。


「何か変なうわ言を言ってるよ」


 朋子に言われて、希美もそちらに注意を向けた。

 藤咲は確かに何ごとかをつぶやいていた。


「……だか……エプロン……」


 そう聞こえた気がした。

 希美は深天に強張った顔を向ける。それと同じ速さで深天が顔を背けた。


「お前は何を見せた――っ!?」

「裸エプロンと聞こえたが?」


 食いついてくる篤也。


「いかがわしい幻を見せたってこと?」


 朋子も当然のように察したようだ。


「藤咲のような男には確かに効果的だろう」


 うなずいた上で深天に問いかける。


「問題はそのイメージのモデルだが……」

「雨夜さんです」


 深天はあっさりゲロした。隠すよりも口に出したほうが面白そうだと思ったに違いない。


「やっぱりかぁぁぁっ!」


 絶叫する希美。


「ニセ未来の前に、まずお前から始末してやる!」


 背中のケースから金色の鎌プレアデスを取り出そうとする希美だったが、朋子とエイダが素早く押し止めた。


「どうどう、落ち着いて」

「お気持ちはお察ししますが、面白いから良いではないですか」

「ぜんぜん面白くない!」


 噛みつきそうな顔をするが、エイダは気にする素振りもない。

 そんな少女たちのやり取りは一切無視して――微妙に目が笑っている気がしたが――耀が声を響かせる。


「とにかく善は急げです。これより、直ちに小夜楢未来の隠れ家に乗り込み、魔女とその一味を確保いたしましょう」

「はい、教祖様」


 声をハモらせてうなずいたのは当然ながら信者たちだ。何度も練習をしたのではないかというくらいにピッタリと息が合っていた。


「ニセ未来が、この事態を想定していないと思うのか? もうとっくに逃げ支度を始めているだろうさ」


 希美が拗ねた顔で吐き捨てるが、これに対して深天が冷静に反駁する。


「気づいていたとしても、アジトを移すには、それなりの時間を必要とするはずですわ」

「それに、もし逃げられたとしても、アジトを調べれは、連中の目的に繋がる手がかりが見つかるはずだ」


 続いて発言したのは前回、深天と共に希美をサポートしてくれた少年だ。

 名前は槇村悟。近隣の高校に通う生徒で、制服の上に深天同様教団のローブを身にまとっている。

 篤也が耀に問う。


移動手段あしはあるのか?」

「マイクロバスを用意しているわ」

「では出かけるとしよう。鬼が出るか、が出るか」

ってなんだ!?」


 希美が叫ぶ。


「裸だ」

「このセクハラ教師!」


 もはや涙目で叫ぶ希美を涼しい顔で見下ろしていると、横手から耀が冷たい声を発した。


「本当に変わったわね、篤也くん」


 その言葉だけは、ぐさっと胸に突き刺さり、篤也は人知れず落ち込んだ。

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