相手の魔術を奪い取る魔術は、ここ数年で開発した新しい術式によるものだ。
理論上は問題ないが、相手の力が強ければ強いほど奪い取ることは難しく、未来ほどの術者が相手ならば、せいぜい無力化するだけで終わると考えていた。
しかし、未来の魔術は強力であるにも関わらず、拍子抜けするほど簡単に奪い取ることができた。
それは未来が操る魔術が希美のそれに異常なまでに酷似していたからだ。まるで自分の魔術を奪い取ったかのような印象に、希美は激しく戸惑っていた。
「……誰だ、お前?」
問いかける希美に向かって、未来が冷ややかに答える。
「何度も言っているでしょう。わたしは小夜楢未来よ」
「そんなはずは……」
つぶやく希美を前にして未来はホッとしたように笑った。
「理由は判らないけど、ようやく動揺してくれたわね」
「え……?」
希美はようやく己の失策を悟った。
敵の結界内で気を抜くことの危険は言うまでもないことだ。
慌てて周囲に意識を向けるが、その時にはすでに仲間たちの姿は消えて辺りの景色まで変化している。
「――マズイ!」
慌てて虚空に手を伸ばす中、魔女の冷たい声が響いた。
「終わらぬ悪夢に沈みなさい」
直後、轟音とともに床が砕けて、何もかもが崩れ落ちていく。いつの間にかどこかのビルの屋上に立っていたが、それそのものが崩壊して瓦礫に呑まれてしまった。
「ひぃやぁぁぁぁっ!」
悲鳴をあげながら希美が考えていたのは、もっと可愛らしい悲鳴をあげれば良かったという、ささやかな後悔だった。
◆
未来は魔術によって宙に浮かびながら、周囲の惨状を憮然とした顔で見下ろしていた。
「震災の記憶か……」
崩れ落ちたのは希美が立っていたビルだけではなく、周囲の山々まで崩れ去り、辺り一帯が土砂と瓦礫の山と化している。
魔術によって防御した様子もなく、おそらく希美の身体は瓦礫に押し潰されてしまったことだろう。
もちろん、この結界内での死は仮初めのものだが、あまり気分の良いものではない。
「悪く思わないでね。これも葉月くんのためなのだから」
口にした言葉の身勝手さを自覚しつつも、未来は砕けた大鎌を投げ捨ててから、魔術を使って姿を消した。
向かう先は陽楠学園の屋上。そこでようやく悲願が果たされることになるのだ。