「ひでえ目に遭ったぜ……」
フラフラと頼りない足取りで藤咲はハルメニウスの教会を出た。
「希美の奴、よくも俺にあんなエロいことを……」
現実と幻術の区別がついていない藤咲は、自分が希美による色仕掛けで口を割らされたと本気で思い込んでいた。
「くそっ、俺としたことが未来さんの信頼を裏切っちまうなんて……」
拳を握りしめつつ、涙を流す。
「エロすぎだ、希美」
回想すると、さらに感極まってくる。
やむなく藤咲は煩悩を発散すべく叫んだ。
「希美はエロすぎだーーーっ!」
絶叫と同時に背後で教会が爆発した。
まるで藤咲の煩悩によって爆発したかのような光景だったが、もちろん当人にそんなことを気にしている余裕はない。反射的に猛ダッシュして炎を噴き上げる教会から遠ざかった。
じゅうぶんに離れたところまで来てふり返れば、夕暮れをバックにして黒煙を上げる教会が見える。
あまりの事態に荒い息を吐きながら立ち尽くしていると、あっという間に野次馬が集まってきて大騒ぎになってしまった。
「お、俺は関係ないぞ……」
うっかり人を殺めてしまった犯人のような顔をして後ずさると、藤咲は逃げるようにその場を後にした。
◆
耀とハルメニウスの信者たちは、小夜楢未来の邸宅前で待機していた。
しかし、地球防衛部が突入して三十分が経過しても、中からは誰も出てくる気配はない。
当初こそ戦闘音が響いていた邸宅も今は静まり返っていて、やむを得ず突入した彼女たちが見たものは、わずかな戦闘の痕跡と部屋の中央に倒れていた深天と槇村の姿だけだった。
耀は神聖術を使ってふたりを目覚めさせたものの、それで分かったことといえば、魔女の罠にかかって分断されてしまったということだけだ。
深天と槇村のふたりは、大した力がないと判断されたのか、そのまま解放されたようだが、おそらく地球防衛部の面々は結界の中に囚われたままなのだろう。
なんとか助け出そうと神聖術を駆使して邸内の調査を行おうとするが、その矢先に教会爆破の報が飛び込んできて一同を唖然とさせた。
こうなると一度戻らぬわけにはいかない。
耀は迷った末に、ひとまず全員で撤収することを決めた。人員を残したところで、残されたメンバーでは魔女に対抗できない。
地球防衛部のことは気になるが、篤也がそう簡単にやられるはずがなく、あるいは今も結界の中で戦い続けているのかもしれない。
彼らの無事を信じて、取り急ぎ教会へと舞い戻った一行だったが、そこでは未だに消防隊による消火活動が続いており、教会には近づくことさえできなかった。
爆発の原因は不明とのことだが、現場から逃走する不審な高校生が目撃されている。特徴を聞く限り、どうやら藤咲に間違いなさそうだ。
「騙されましたわ。あいつはもう、すっかり魔女の手先だったんです。それなのにわたしは情報を鵜呑みにして、敵が張った罠の中に雨夜さんたちを……」
深天はめずらしく肩を落として項垂れていた。気が強いとはいっても、まだ女子高生だ。こんな状況では落ち込むなという方が無理だろう。
犯人が本当に藤咲かどうかはともかく、こんなことをするのは魔女とその一味以外には考えられない。
教会を失った一同は、今後の方策も決められぬまま、さしあたっては警察の事情聴取を避けるために野次馬に紛れて近くの駐車場に集まっていた。教祖である耀を含め、誰もが項垂れて黙り込んでいる。
長い沈黙の末に、ようやく槇村が口を開いたが、それも建設的なものではない。
「魔女の力は強大です。僕らだけでは……」
弱気が口を突いて出ただけだが、それも無理からぬことだ。邪な魔女に制裁を加えようと、勇んで乗り込んだ結果が、この有様なのだから。
耀が救いを求めるように、あるいは祈るように瞼を閉じた。
――その時だ。
彼らの脳裏に荘厳な響きを持つ声が響き渡った。
『魔女は世界を蝕む邪悪なり。我が子らよ、祭壇に集いて祈りを捧げよ。汝らに清き心と厚き信仰あらば、我は
彼らが驚き、戸惑ったのは一瞬のことだ。
その声の主が何者なのか、信者であればわからぬはずがない。
耀を含む全員が衣類の汚れを気にすることなくアスファルトの上に膝を突き、両手を組み合わせて祈りを捧げた。
「ああ、神よ。あなたはやはり我々をお見捨てにはならなかった」
芝居がかった仕草で感極まったかのように涙を流す耀。深天を含む信者たちも歓喜の声を漏らしている。
しかも、この時、この声を聞いた者は彼ら教団の者だけではなかった。魔女の襲撃を受けて、教団からペンダントを渡された全員の心に声が響いていたのだ。
神のごとき声の主は「祭壇に集え」としか言わなかったが、彼らの脳裏にはその場所がハッキリと浮かび上がっている。その事実もまた、声の主が神の御業を使ったものだと人々を信じさせるに足るものだった。
目的地の場所は陽楠学園の屋上だ。
そこはかつて小夜楢未来が地球防衛部と決戦を繰り広げた因縁の場所だった。