陽楠学園の屋上を目指して、大勢の若者たちが、校門へと続く長い坂道を上っていく。
様々な学校の生徒が連なるようにして歩いていく光景は異様だが、学園と駅前を繋ぐだけの道には余計な人通りがないため、人目を惹く可能性は低い。
学校関係者はすでに魔術で眠らせており、要注意人物と考えていた秋塚千里も所用で町を離れている。そして最大の邪魔者である地球防衛部は無力化済みだ。
円卓支部の動きは、やや気になるが、彼らが慌てて本部に応援を要請したところで、援軍が駆けつける前にすべては終わっている。
朝日向耀は灯りの消えた教室の窓から、集まってくる若者たちの群れを見下ろしていた。
「この短期間で思った以上に浸透したものね。わざわざザンキを助けに行ったことには驚かされたけど、お陰で彼は予想以上に働いてくれたわ」
すでに老けメイクは落とし、十代の少女と見紛うばかりの素顔に戻っている。発する声も若々しく麗しいものだ。
「素性も知れない男を助けた甲斐があった、ということかしらね」
背後からの声にふり返ると、そこに小夜楢未来が立っている。
かなりの激戦だったらしく、身につけたセーラー服は汚れ、あちこち破れているが、とくに目立った怪我はないようだ。
「地球防衛部は全員無力化したわ。結界の中でトラウマに直面させてあるから、簡単には出てこられないはずよ。柳崎探偵事務所の人たちも今は遠く街を離れているから、これでもう邪魔が入る心配はない」
大魔術の連続使用で、さすがに疲れが出たのか、未来の声には今ひとつ張りがない。
耀はどこか作り物じみた微笑みを浮かべると、労いの言葉をかける。
「ご苦労様。悪いわね、あなたにばかり汚れ役をさせてしまって」
「構わないわ。あなたは命の恩人だし、それ以上に大事な目的のためなのだから」
ハルメニウス教団も、怖ろしき魔女の噂も、すべてはふたりの悲願を達成するために用意されたものなのだ。
悪の魔女と、それに対立する教団を演出することで、被害に遭った若者たちを教団のシンパとして獲得する。最初から、それが狙いだった。
問題は、その弊害として現出してくるマリスで、耀たちはこれに対する別の備えも用意していたが、地球防衛部が健在であったために、それは必要なくなった。
彼らの指揮を篤也が取っていると知った時には、さすがに驚きもしたが、むしろそれで、これが運命なのだと信じ込むことができた。
陽楠学園の屋上は六年前に、未来が神獣を召喚したことで、校舎そのものが神降ろしのための祭壇としての性質を宿している。
あとは信者たちと集められた若者の祈りによって、すべてが成就するはずだ。
(これでようやく、彼を救うことができる)
胸に灯った熱い想いを噛みしめると、耀は持ち込んだ大きなカバンから儀式用のローブを取り出して、それを纏った。
(待っていて、篤也くん)
胸の裡でつぶやく、耀。
そんな自分たちの姿を何処とも知れぬ場所から覗き見る視線があることに、彼女も未来もまるで気がついていなかった。