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第67話 地球がケーキと化した

 未来が使った魔術は、対象となった人物から深刻なトラウマを引き出して、それを結界の内部に再現するというものだった。

 しかし、月見里朋子には深刻なトラウマが存在していない。

 記憶にあるものの中であえて挙げるとすれば、足を滑らせてケーキに顔面からダイブしてしまったことくらいだろうか。


「あれはまあ、キツかったけど、だからってこれはないよね」


 朋子は途方に暮れたように周囲をざっと見回した。

 そこは一面の白の世界だが、雪景色ではない。すべて生クリームだ。

 足もズッポリと生クリームに突き刺さっているが、その下はさらにスポンジらしく、極めて安定が悪い。


「どう見ても巨大なケーキの上だよねえ」


 他に説明のしようのない光景だった。

 最初は、とても甘ったるいニオイが鼻についたが、今はもう麻痺している。

 所々にある大きなイチゴは、かじってみたい衝動に駆られもするが、さすがにそんな迂闊なことはできない。

 見上げれば空は高く、目を凝らしてみても地平線は見えない。


「地球がケーキと化した」


 なんとなく真剣な顔をしてつぶやいていると、頭上から覚えのある声が響いてくる。


「ひぃやぁぁぁぁっ!」

「希美ちゃん?」


 声だけでそれと分かったが、助けに行く余裕はない。

 空から落ちてきた希美は、頭から生クリームの海にダイブした。

 慌てて駆け寄ろうとするが、なかなかに歩き難い。

 結局、朋子が辿り着く前に、希美は自分で生クリームの中から這い出てきた。


「な、なんじゃこりゃぁ」


 情けない声を出しつつ、顔についたクリームをぬぐっている。


「大丈夫、希美ちゃん?」

「と、朋子先輩? 良かった、無事だった……ぶっ」


 立ち上がろうとして、またもやケーキに突っ伏した希美。

 見るも無惨な有様である。とりあえず朋子はそのままを言ってみた。


「白濁まみれ! エロい!」

「な、なんて表現をするんですか!」


 悲鳴じみた声をあげる後輩に朋子はやや意地の悪い笑みを向けた。


「希美ちゃん、すごい言葉を知ってるね」

「せ、先輩も知ってるじゃないですか!」


 焦る希美の姿も愛らしいが、今はのんきに観賞している場合でもない。


「そんなことより、どうやって入ってきたの?」

「結界に割り込みをかけて、わたしに向けられた悪夢を崩壊させたんです。魔女を欺くために、それ以上は魔術を使わずに自由落下してきたんですけど……そしたらそのまま生クリームに……」

「なるほど、それで『美少女白濁地獄』か」

「いかがわしいAVみたいなタイトルはやめて」

「そうだね。希美ちゃんをペロペロしたいのは山々だけど、他のみんなが気になるし、早く脱出しなくちゃ」

「なんか、いちいち発言が怪しい……先生の影響を受けすぎなんじゃ……」


 肩を落として眉をひそめる希美はあえて無視して、今重要なことを考えてみる。


「先生やエイダちゃんも、変な世界に閉じ込められてるのかな?」

「たぶん、自分のトラウマを突きつけられてるはずで……」


 言いかけたところで、希美はふと気づいたように周囲を見回して首を傾げた。


「先輩のトラウマっていったい……」

「そ、そんなことよりも、ここから出る方法はあるの?」

「術式を解析すれば、魔術で道を作れるはずです」

「なら、悪いけど急いでやってちょうだい」

「了解」


 そちらの作業は専門家に任せて、朋子は改めて状況を整理してみた。

 敵は明らかにこちらがくるのを待ち構えていた。それも、かなり周到な準備をしてだ。結果として、まんまと罠にかかった形だが、そのくせ敵は追い打ちをかけてこない。


「狙いは時間稼ぎか……」


 答えを導き出して顔を上げる。ここから見えるのは生クリームの大地だけだが、この結界の外側では、何か巨大な陰謀が動き出している気がする。

 だが、まずは術式の解析を待って仲間を助け出さなければならない。朋子は方針を定めると、逸る気持ちを抑えて希美の作業が終わるのを待った。

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