エイダは覚悟を決めて聖剣ブライトスターを握りしめた。
これを振り下ろせばすべてが終わる。
(さよなら、セイン――)
胸の裡で別れを告げる――、
だが、彼女がそれを振り下ろすよりも一瞬早く、ガラスが砕け散るような異質な音が響いた。
思わず手が止まり、両の目を見開く。
ちょうどセインの頭上の空間が砕け散って、見覚えのある
(へ……?)
声にする暇もない。
ただ、幸いなことに肉片や脳漿が飛び散るようなことはなく、それはすぐに光の粒子となって飛び散り、同時に結界そのものが崩れ去っていく。
エイダが考えていたとおり、セインこそが結界の核だったのだ。それが破壊されたために彼女を閉じ込めていた結界そのものが消失したのである。
すべてが崩れ去ると、そこは小夜楢未来の邸宅の一室で、目の前では
「エイダちゃん?」
突然戻ってきた現実感の中で彼女の声を耳にした途端、全身の力が抜けてエイダはへなへなとその場にへたり込んだ。
「エイダちゃん、大丈夫!?」
慌てて駆け寄ってくる朋子。
すぐには返事もできず、茫然としていたが、やがて発作的に声をあげて笑い始める。
それを見て朋子はさらに慌てたようだが、エイダはそのまま笑い続けた。
(なんなんですかこれは)
エイダは自分に呆れていた。悲壮な覚悟を決めて、残酷な運命と闘っているつもりになっていたが、その結末がこれだ。逆に言えば、この程度のことでバカみたいに苦しんでいたのだ。
ひとしきり笑い終えると、エイダは苦笑を浮かべて朋子を見上げた。
不思議そうな顔をして覗き込んでくる彼女に、エイダは思ったままのことを告げる。
「先輩は最強ですね」
「え?」
きょとんとする朋子。
「わたしは部員の中で最弱だけど?」
「いいえ、最強ですよ。間違いなくね」
エイダは思う。
自分はもちろん希美と篤也も心の中に重苦しい何かを抱え込んでいる。
しかし、朋子にはそれがない。彼女はおそらく、何も背負っていない。
物語の主人公のような重たい運命を課せられてはおらず、後に引けない理由で戦っているわけでもない。
どこまでも純粋に、やると決めたからそれをやっているだけだ。
だからこそエイダたちにはない強さがある。
道に迷う仲間たちに道を示す指針になる。
「先輩はわたしたちのポラリスです」
エイダが告げると朋子は小首を傾げた。
「太陽じゃなかったの?」
確かに以前そう告げたことがあるが、どちらであったとしても旅人に道を示してくれる、天上の輝きであることに違いはない。
憧憬にも似た感謝の気持ちを伝えようとしたところで、何者かの足音が近づいてくることに気がついた。
一瞬身構えかけるが、どう考えても素人だ。
「雨夜さーん」
「裸エプローーン!」
控えめな声と、それとは対照的な無遠慮な声が響いてくる。どうやら希美を捜しているようだ。
「希美ちゃんの友達だね」
朋子のつぶやきで、エイダも彼らのことを思い出した。どうしてこんなところに出てくるのかは疑問だが、本人たちに直接聞けばいいだけの話だ。
この時は気楽にそう思ったのだが、彼らが持ってきた話は思いのほか深刻なものだった。