北校舎の屋上に立ち込める妖しい光を横目に、エイダと朋子は部室棟に駆け込んだ。
中に入って、ようやく一息吐くと、朋子が苦笑気味に微笑む。
「いや~危なかったぁ。奥の手を出しちゃったよ」
変形していた
「助かりました」
盛大に溜息を吐くエイダ。
「正直相手を甘く見ていました。傲慢になってはいけないと頭では分かっているのに、やはり祖父の血ですね。呪われよジジイ」
冗談めかして祖父に暴言を吐くが、実際彼のせいで、つらい想いをしてきたのだ。今さら罪悪感など感じようはずもない。
苦笑する朋子とふたり、階段を上がって部室に向かう。広い文化部棟とはいえ、真っ直ぐ向かえば目的地はすぐそこだ。
扉を開けて室内に入ると、朋子は迷うことなく隠し倉庫の扉を開けて、階段を降りていった。
とりあえずエイダが後に続くと、朋子はズラリと並んだ
円形をした小型の盾だ。
「これを使って」
「盾ですか」
エイダはやや戸惑いながら目を丸くする。
訓練では何度か使ったことがあったが、これまで必要性を感じたことはなかった。
「わたしの売りはスピードですから、これまで重たい盾は使わないようにしていたのですが……」
そう言いながらも素直に受け取る。腕に取りつけるタイプのため、両手で剣を操る時にも邪魔にはならないようだ。
「一度にはひとつしか使えないのが
得意げな朋子を見て微笑むエイダ。
実際に腕に装着して軽く剣を振ってみるが、ほとんど重さは感じない。
もともと強い魔力を持つエイダや希美では
使いこなせれば大きな助けとなるはずだった。
「いい感じです」
「どう? これならいけるんじゃない?」
「ええ、これなら勝てますよ。あのなんちゃって四天王にもね」
自信を持ってエイダはうなずいた。
◆
陽楠学園の南西に立てられた文化部棟の前でザンゲはいきり立っていた。
「なんだ、この建物は!?」
地球防衛部がここに逃げ込んだのは間違いない。
だが、不用意に近づけば軽く十メートルは弾き飛ばされ、破壊しようと必殺技を放っても正面のガラス扉にすら傷ひとつつかない。もちろん隣の壁も同じことだ。
そもそもがやたらと豪華な造りのおかしな建物だ。学校施設の中で、ここだけが思い切り調和を乱している。
「やめておけ。貴様ごときの力で、どうにかできるものではない」
背後から響いてきた男の声にザンゲは慌てて振り向いた。
西御寺篤也が、ニワトリを頭に乗せた雨夜希美を伴って立っている。
いや、よく見るとさらにふたり、微妙に見覚えのある生徒を連れていた。もちろん、藤咲旭人と北朱里だがザンゲは両名の名前を記憶していない。
「そうか、貴様らも抜け出てきたのか」
とりあえず要注意人物のふたりに向かって話しかけると、篤也は鼻で笑って答えた。
「フッ、あんなもの我々にはなんの効果もない。貴様らの本性を見極めるために、あえて閉じ込められたフリをしていただけだ」
「……そうだったか?」
希美がつぶやくが、ザンゲの耳には入らなかったらしく、彼は篤也の言葉を真に受けて悔しがっている。
「くぅぅ、そうだったのか」
「そうだ、お前たちはやり方を間違った」
ビシッと指など突きつけて言ったのは、なぜか藤咲だ。すました顔でザンゲに向かって講釈を垂れる。
「本当に希美を無力化したいなら、触手責めとか、スライム責めとか、もっとエロい罠を用意すべきだった」
「はあぁぁっ?」
希美が赤面しながらうわずった声をあげた。頭の上に居たニワトリがずれ落ちないように翼を広げてバランスを取る。
「なるほど、そんなものを見せつけられれば、さしもの私とて為す術がないな。思わずガン見して動けなくなること請け合いだ」
真顔を通り越して深刻な表情を浮かべる篤也。
「なんで納得する!?」
「不潔です……」
朱里が小さな声でつぶやいた。
一方のザンゲは、またしても真に受けている。
「くぅぅ、そうだったのか。ならば次からは、次こそは必ず、その方向で」
「期待しているぜ」
親指をピンと立てる藤咲。
「変態しかいないのか、わたしの周りには!?」
「そうだ、葉月も含めてな」
ひたすら真面目な顔の篤也。
「絶対に違う!」
片想いの人を貶められた希美が、今にも噛みつきそうな顔をしてザンゲの目の前を通り過ぎる。
そんな調子で駄弁りながらゾロゾロと部室棟に入っていく一同を、ザンゲは呆然と見送っていた。
「はっ!?」
ザンゲはようやく我に返ると、慌てて後を追いかけた。
「待て!」
だが、その途端、謎の力に弾かれて彼の身体は高々と宙を待った。扉は開いているにも関わらずだ。
「畜生~~~~~っ」
ザンゲの悔しげなのその叫びに振り向いてくれたのは、希美の頭の上で悠然とくつろいでいるニワトリだけだった。