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第80話 コードネーム

 希美が人魂にも似た魔術の明かりを漂わせながら、疲れた顔で部室に入ると、すでに朋子とエイダが待っていた。


「どうしたの、希美ちゃん? なんだかやつれてるよ」


 首を傾げる朋子。答えたのはその原因を作った男だ。


「気にするな。ちょっと触手責めが応えただけだ」

「ええーーーっ!」


 声をあげる朋子


「何よそれ!? わたしの見てないところで、そんなの赦せない!」

「見てるところだったらいいんですか?」


 エイダが真顔で訊くと、朋子は目を逸らしつつ、口では否定した。


「いや、そんなことはないけどね」

「嘘っぽいですね」


 つぶやくエイダ。希美は絶叫した。


「女も変態ばっかりだ~~~っ!」


 頭を抱えてしゃがみ込んだ希美を見て、慌てて朱里が隣に屈み込む。


「大丈夫だよ、希美。わたしがいるよ」

「俺もいるしな」


 髪をかき上げて、フっと笑う藤咲。


「お前は『世界変態選手権大会』の日本代表だろ!」


 立ち上がりながら鎌を突きつけるようにして藤咲を遠ざけると、希美は仲間たちに向き直って言い放つ。


「今はふざけている場合じゃない。連中の計画をなんとしても阻止するんだ!」

「うん」


 さすがに朋子は、すぐにうなずいてくれた。


「そちらのおふたりも連れて行くのですか?」


 エイダが朱里と藤咲に目を向ける。


「ああ。藤咲には鉄砲玉をやってもらう」


 しれっと言う篤也に藤咲は顔を引きつらせ、朱里は首を傾げた。


「さすがにそれは感心しませんが」


 こういうところでは、エイダは騎士らしく常識人だ。


「冗談だ。彼らには若者たちの避難誘導を受け持ってもらう」


 訂正するとエイダもすぐに納得したようだ。集められた高校生の数を考えると、確かに地球防衛部だけでは手が足りない。


「いちおう護身のために武器とマントを選んでくれ」


 希美が隠し倉庫の入り口に案内すると、ふたりは溢れ出る金の光を目にして感嘆の声を漏らした。


「すげえな、これ」


 小さな階段を降りて、ざっと武器を見回すと朱里は鉄扇を手にとって首を傾げる。


「これも武器なの?」

「たぶん……」


 微妙に自信のない希美だが、鉄扇はまだマシな方で、竹とんぼやコマ、虫取り網や竹馬にしか見えないものなど、使い方の分からないものもたくさん置いてある。

 結局それは元の場所に戻して、朱里が選んだのはナックルダスターと呼ばれる拳にはめる武器だった。

 装着してボクサーのように軽く素振りをするが、それが妙に様になっている。

 一方の藤咲は得意げな顔で剣に手を伸ばす。


「俺は剣にするぜ。やっぱ勇者といえば剣だもんな」


 嬉しそうな顔をして柄を握ったものの、そこで動きがピタリと止まった。


「あれ? ビクともしないぞ」


 台座に収められた長剣を力任せに引き抜こうとするがピクリとも動かない。

 それを見て意地の悪い笑みを浮かべる希美。


「これはあれかな? 金色の武具アースセーバーは担い手を選ぶというから、邪悪な心の持ち主である藤咲には扱えないってことかな?」

「なんで俺が邪悪なんだ!?」

「善悪は別としても敵の魔女に惚れているんだ。味方として認識されないのは当然だろう」


 無情に告げながら篤也は自分の武器を選んで手に取った。

 希美が知る限り、篤也がここから武器を持ち出すのは初めてだが、やはり問題なく使うことができるようだ。

 藤咲はこの後も様々な武具に手を伸ばしたが、すべて徒労に終わり、しかたなくマントだけ身につけることになった。


「トホホ……」


 情けなくつぶやき、項垂れる。


「リアルでトホホとか言う奴もめずらしいな」


 何気なく口にした希美だが、それを聞いて篤也が告げる。


「よし、藤咲。お前のコードネームはトホホだ」

「え~~~っ!?」


 藤咲は不満の声をあげたが、篤也が取り合うはずもない。


「地球防衛部ではお互いを綽名で呼び合うのが決まりなのだ」

「初めて聞いたぞ……」


 希美がつぶやき、朋子も首を傾げる。


「朋子が巫女。エイダがバニー。希美がメイド。栗じゃがが朱里。そして私はマスターだ」


 勝手に命名する篤也に、もちろん希美はもんくを言った。


「男のいかがわしいフェティシズムを押しつけてくるな~~~っ」

「いや、雨夜さんはまだマシです。わたしなんてバニーですよ? この貧弱な身体にバニースーツとか、セクハラを通り越して拷問です」

「そんなことないよ。エイダちゃんなら似合うって」


 ズレたフォローをする朋子。

 エイダの悩みは背が低いことと、胸が小ぶりなことである。


「それよりも、わたしだけあだ名と本名が逆なんですが!?」


 朱里が苦情を口にすると篤也はすぐに代案を返した。


「では、お前はヌードだ」

「……朱里でいいです」


 まさか本当に脱がされると思ったわけではないだろうが、朱里はどん引きしつつ引き下がる。

 希美は冷たい視線を篤也に向けた。


「挙げ句、自分はマスターとか、セクハラ先生の面目躍如だな」

「ご主人様の方が良かったか?」

「誰が呼ぶかっ」


 そっぽを向いて部室の出口に向かう希美。仲間たちもそれに続いた。目指すは北校舎の屋上だ。

 どこか名残惜しそうに篤也がつぶやく。


「ちなみに、この部室にはメイド服が置いてあって、お前に合いそうなサイズなのだが……」

「なんでそんなものがあるんだか」

「葉月の趣味じゃなかろうか?」


 勝手な憶測をする篤也だが、希美はふと考えてしまった。


(葉月くんが喜ぶなら着ても良いかなぁ……)


 こういうところは、わりと脳天気な夢見る乙女である。

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