北校舎の屋上では、虚ろな目をした信者たちと、やはり同じような目をした若者たちが、一心不乱に祈りを捧げている。
「ハルメニウス……我らがハルメニウス……」
床に描かれた魔法円の中心には祭壇が置かれ、未来はその上に横たえられていた。
手脚は鉄の枷。首には魔力を封じるための封環をはめられている。衣類は身につけていたが、それはいつものセーラー服ではなく、いかにも生贄といった感じの素肌が透けて見える扇情的な白い薄布だ。
屈辱的ではあるが、彼女自身六年前に似たようなことを、昴のガールフレンドにしたことがあった。
なんとか首を動かして状況を確認してみるが、事態を好転させる要素などどこにもない。
教祖の朝日向耀は相変わらずハルメニウスに支配されたままで、本来の精神が無事なのかどうかさえ判らない。
結局彼女も気づいていなかったのだろう。
自分たちがハルメニウスなるものに躍らされていただけだということに。
考えてみればいろいろとおかしな点はあった。
本来、ハルメニウスの器として選ばれていたのは深天だったが、いかにそれが自分が造りだした
未来自身、どうしてそれに賛同していたのか、今はもう分からなくなっている。
あるいは完全には操られないまでも、ふたりしてハルメニウスに意識を誘導されていたのだろうか。自分のことはともかく、少なくとも耀はそうだと思えた。
せめて儀式が終わったあと、彼女だけでも無事であることを祈るしかない。
気になるのはハルメニウスが本当に約束を叶えてくれるのかどうかだが、冷静になって考えてみれば、やはり望み薄に思える。
(だけど、因果応報であることを思えば、理不尽とは言えないわね……)
かつては自分が何の罪もない少女を生贄にして神獣の召還を試みたのだ。
その時は昴とその仲間たちが彼女を助けに現れたが、この状況で自分を助けてくれるものなどいるはずもない。
もちろんこの状況を知っていたならば、昴は駆けつけてくれたことだろう。しかし、未来は自分が生きていることさえ彼に伝えていない。
唯一味方になってくれたかもしれない現在の地球防衛部も、未来自身が無力化してしまった。彼らを閉じ込めた結界が自然消滅するまでは、まだ丸一日近くかかるはずだ。
(いいえ……)
未来はふいに先ほどハルメニウスが手下たちに告げた言葉を思い出した。
(あいつは確か、邪魔者とか言っていたわ……)
この状況で邪魔立てするものなど、ひとつしか思い浮かばない。
(あの娘たち、わたしの結界を破ったんだわ)
希美は無力化したはずなので、篤也の仕業かとも思うが、この短時間で結界を解除できたのだとすれば、やはりあの生意気な小娘がやったとしか思えない。
(彼女も来るのかしら……)
希美の顔を、ぼんやりと思い浮かべる。
漆黒の髪と琥珀色の瞳を持つ美しい少女だ。
彼女を見つめていると不思議な気持ちにさせられる。まるで過去の自分を見つめているかのような、そんな気持ちにだ。
今は青い未来の瞳も、もともとは彼女と同じ琥珀色だった。それが邪悪な魔術を身につける過程で変色してしまったのだ。
(いったい彼女は何者なんだろう……)
これまでも何度も考えたが、いくら考えても思い当たる節がない。
その容姿と魔術の腕前から、自分と同じ明日香の血を引く者だと推察はできるが、どうして「希美」なのか。
(まさか、わたしのクローンなんてことは……)
その可能性がチラリと頭をよぎるが、そんなものを誰が造るというのか。
考えている間にも儀式の準備は着々と進み、魔法円に光が灯り始める。
あきらめとともに瞼を閉じようとする未来だったが、その時、どこかで激しく金属を打ち合わせる音が響き始めた。