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第82話 不殺の戦い

 天候が悪化し、文化部棟の外では大粒の雨が地面を激しく叩いていた。

 ずぶ濡れになったまま仁王立ちで待ち構えていたザンゲを目にするなり、エイダは水飛沫を上げて飛び出していく。


「待ちわびたぜ、地球防衛部!」


 ザンゲの声には隠しきれない歓びが溢れていた。

 ここもまた当然のように薄暗く、雨粒で視界も悪いが、エイダは構うことなく果敢に攻め込む。


「おおっ!?」


 たまらず声をあげるザンゲ。防戦一方では、視認を阻害するという彼の武器の特性も活かせない。


「てぇぇぇぇい!」


 雄叫びと共に繰り出された聖剣ブライトスターが、雨粒を蹴散らしながら夜の闇を引き裂く。その光の軌跡は眩く、美しくさえあった。

 ザンゲは大きく後ろに飛び退いて、なんとか攻撃をかわしたが、その身体には早くも無数の切り傷が生じている。


「くそっ、なんてハンドスピードだ」


 吐き捨てつつ、片手で顔をぬぐうザンゲ。

 ふり返ることなくエイダは仲間たちに告げた。


「さあ、こいつはわたしにお任せを。みなさんは北校舎の屋上に急いで下さい」

「了解」

「おうっ」

「気をつけてね」


 口々に答えて駈け出していく仲間たち。皆が自分の力を信じてくれているという事実に心が高揚する。


「ちなみにそいつは殺してもOKだ」


 最後に篤也が言い置いて全員が遠ざかっていく。


「殺すまでもありませんよ」


 剣を構えてつぶやくエイダ。


「この俺を相手に余裕だな」


 ザンゲは気分を害したわけではなく、むしろ愉しげな顔を見せた。軽く間合いを取ると、大刀を軽く振ってから、切っ先をエイダに突きつける。


「ならば、俺もまた殺さずに貴様に勝つと宣言しよう!」


 くすりと笑うエイダ。


「あなたも相当な自信家ですね」

「本気の立ち合いで敵の命を奪わずに勝利しようとするのは、殺して勝つよりも遥かにシビアなことだ」

「ええ、実力が伯仲しているならなおさらです」

「だからこそ面白い。この勝負、殺しても良いなどという甘さは捨てた。その上で全力で勝ちに行かせてもらう!」

「なるほど、どうやらわたしはまだあなたを甘く見ていたようです。今こそそれを捨てて全身全霊を懸けることを、ここに誓いましょう」


 騎士らしく堂々と宣言して聖剣を構え直すエイダ。

 それを真っ直ぐ見据えてザンゲが告げる。


「来い、円卓の騎士!」

「参ります!」


 答えると同時にエイダは再び大地を蹴った。打ちつける雨粒を全身で斬るかのような勢いで間合いを詰める。

 それを見てザンゲも吠えた。


「うおおおぉっ!」


 大股で踏み込むと鋭いスイングで漆黒の太刀を繰り出してくる。

 スピード重視の攻撃で機先を制するつもりだったようだが、皮肉にも無駄のない動きゆえに剣の軌道を見切るのは容易だった。

 刃と刃が激突し、魔力の火花を散らす。

 戦いの高揚感で全身に力が漲り、ここまでの戦いで感じていた疲労が消し飛んだかのように、身体が軽く感じていた。

 エイダの口元に浮かぶのは険のない笑みだが、それはザンゲも同じだ。人相の悪さのため、凶悪に見られがちだが、もともとこの男の闘気に淀みはない。

 彼が、いったいなんのために戦っているのか、少しばかりか興味が湧いたが、エイダはあえてそれを振り払った。

 今は戦士と戦士の真剣勝負の最中だ。雑念を抱えたままで勝てる相手ではない。

 お互いに幾度となく剣を撃ち込み、それを弾き返す。

 宣言どおり、ザンゲからは殺意を感じないが、ぬるい打ち込みはまったくしてこない。もちろんそれはエイダも同じだ。相手の力量まで見切った上で、お互いにギリギリまで攻めているのだ。

 俗物ならば「殺さずに勝とうなどというのは甘い考え」と断じるだろう。しかし、ふたりに言わせれば、それこそ〝自分に甘い〟考え方だった。

 いつしか雨は土砂降りとなり、辺り一帯がぬかるみに沈んでいる。

 その影響か、斬撃を繰り出したザンゲの足がほんのわずかに滑った。それは本当に微々たるものだったが、エイダはそこをついて猛攻に転じた。

 かろうじて攻撃をかわして、太刀を引き戻すザンゲだが、エイダはそのまま回転を上げて連撃を叩き込んでいく。息を吐く暇も与えない。光を纏った聖剣が無数の残像で夜の闇を斬り裂いた。

 堪らず後ろに下がろうとするザンゲ。

 だが、エイダはそれを許すことなく、さらに間合いを詰め続ける。

 こうなってくると雨による視界の悪さはザンゲにも祟ってくる。光を放つ聖剣は目立ちこそするが、水滴に乱反射して斬撃が霞んで見えるのだ。

 ただでさえエイダの剣閃は異常なまでに速い。防御に徹しているとはいえ、この状況下で、これを凌ぎ続けるザンゲの技量は驚異的だった。

 もちろん完全にはかわしきれず、全身に無数の裂傷を負っているが、戦闘力を奪うには至っていない。

 いかにエイダが速くても連撃には限界がある。息が切れて動きが止まれば、それが大きな隙になるのは明白だった。

 エイダはさらに回転を上げて、ひたすら攻め続けるが、貝のように守りを固めたザンゲは、足場と視界の悪さをものともせず耐え続ける。

 とうとう攻めきれずにエイダの動きが限界に達した瞬間、ザンゲは喜々とした表情を浮かべた。


「もらったぁぁぁっ!」


 全身全霊をかけて漆黒の太刀を振るう。

 しかし、勝利を決めるはずのその一撃は硬質な金属音によって阻まれた。

 驚愕に目を見開くザンゲ


「――シールド!?」


 彼の一撃を阻んだのは朋子から渡された金色の盾だった。

 ザンゲが気づかなかったのも無理はない。今の今までその盾はコンパクトに折り畳まれて、あたかも手甲のようにエイダの腕に装着されていたのだ。

 それが一瞬にして展開して円形の盾ラウンドシールドになっている。


「狙ってやがったかっ!」


 ザンゲがあげた声には感嘆の響きがあった。

 迷うことなく盾によってザンゲの刃を払いのけると、エイダはがら空きになったボディに超高密度の魔力を纏った聖剣を突き入れた。

 かつて戦った時と同じだ。刃を包んだ魔力によって鈍器と化した剣は、容赦なくボディを打ち据え、ザンゲはもんどり打って大地に倒れる。

 宣言したとおり、命を奪うことなき勝利だった。

 ぬかるみに倒れ伏したザンゲは、わずかに顔を上げてエイダに向かって笑みをこぼす。


「見事だ」

「いえ……」


 肩で息をしながら聖剣を鞘に収めると、エイダは正直な想いを口にする。


金色の円盾これがなければ勝てたかどうか……」

「いや、俺の負けだ。俺にもアートルムがあったからな」


 地面に突き刺さった大刀を見てつぶやくと、ザンゲはそのまま瞼を閉じた。

 もちろん死んではいない。腹部に受けたダメージと撃ち込まれた魔力によって昏倒しただけだ。

 エイダは彼の身体を引きずるようにして雨のかからない場所まで移動させる。


「思った以上に時間がかかってしまいましたね」


 ふと見上げれば、漆黒の夜空から降り注ぐ雨は、ますます激しさを増していた。

 しばらくその場で息を整えると、エイダは仲間たちの後を追うべく走り出した。

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