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第83話 突入

 激しい雨が降り注ぐ中庭を突っ切り、篤也たちはまず南校舎へと飛び込んだ。

 ここにも電気が来ていないらしく薄闇に包まれていたが、まるで演出か何かのように稲光が差し込み、その中に四つの人影が浮かび上がる。

 立っていたのは見覚えのある顔をした者たち。ふたりの深天とふたりの槇村といった風体だが、本人でないことは朋子から話を聞いて全員が理解していた。

 もちろんその中の誰かが本物という可能性もなくはないが、四者一様に浮かべているサディスティックな笑みを見る限り、とてもそうは思えない。

 立ち塞がった四人の中のひとり、槇村の顔をした男が、傲然とした態度で声高に名乗りを上げてくる。


「俺はアダム・ゼロワン。そして我々はクレスト。教祖によって創造された人造生命体ホムンクルスだ」


 驚きよりも理解が先に立つ。人造生命体ホムンクルスであれば同じ顔が並んでいたところで何の不思議もない。何よりも耀がその分野に秀でていたことは昔から知っていた。


「そうか、彼女が生み出した存在か」


 うなずく篤也だが、すぐに首を捻る。


「それにしてはどうにも品がないな。お前たちのような輩を好む女ではないはずなのだが?」

「フッ……面白いことを言う。だが、その答えはお前などには分かるまい」


 アダム・ゼロワンは馬鹿にしきった顔を浮かべるが、これを聞いて篤也はぽんっと手を打ち鳴らした。


「分かった、失敗作だな。あいつはなんでもそつなくこなすが、時たま大きなポカをすることがあった。昔からその分野の研究はしていたようだが、実際に作成したことはなかったはずだから、いざ作ってみたら頭がおかしいのができてしまったというわけだ」

「我々はおかしくなどない!」


 いきり立つアダム・ゼロワン。廊下に唾を吐き捨てて睨みつけてくる。


「まるっきり素行の悪い不良生徒だな」


 腕を組んだまま、ふんぞり返って告げたのは藤咲だった。

 態度の悪さは彼も似たようなものだが、この意見に対しては朱里も同意する。


「うん。こんなところで唾を吐き捨てる人が言っても説得力がないよ」


 ふたりの反応を見て、アダム・ゼロワンはさらに怒りの形相を濃くする。

 今にも飛びかかってきそうな様子だったが、隣にいた深天にソックリな女が手を伸ばして制止した。


「落ち着きなさい。わたし達は必ずしも敵対し合う必要はないわ」


 そいつは幾分冷静らしく、戦いたがっている仲間たちの前に立つと、これまでとは打って変わって落ち着いた面持ちで話しかけてくる。


「わたしはイブ・ゼロツー。わたし達の目的は、この世に神を招くことです」

「ハルメニウスか」


 篤也が訊くと、イブ・ゼロツーはうなずいて答える。


「この計画に大勢の若者を巻き込んだことは事実ですし、それが褒められたことではないということも理解しています。ですが、すべてはこの世に福音をもたらすため。彼らにはそのためにあえて泥を被っていただきました」

「その是非についてはともかく、ハルメニウスなるものが世界に福音をもたらすとは、とうてい思えないな。それは神などではなく信仰によって生じた力の場のはずだ」


 冷淡に指摘する篤也だが、イブ・ゼロツーは首を横に振って否定した。


「いいえ、教祖様でさえ勘違いなされていましたが、ハルメニウス様は教団が結成される以前から、この世に存在しておいでなのです」


 予想外の話だが、事実だとしても驚くほどのことではない。篤也は、その手のイレギュラーには希美以上に詳しく、前例があることさえ知っている。

 ハルメニウスが本当にその例外に該当するかどうかは怪しいところだが、ひとまずそれが事実と仮定して話を続ける。


「ならば、それは器を持たないマリスだ。歪みすぎた力の場が邪悪な意思を持つようになるというケースは、過去の記録にも存在する」

「いいえ、ハルメニウス様は、そのような紛いものではありません。あの御方は真に善良な存在。マリスなどではなく正真正銘の神なのです」

「では、この目で見定めるとしよう」


 篤也が一歩踏み出すと、クレストたちは一斉に身構えた。

 それを見て嘲笑うかのように告げる。


「見え見えの時間稼ぎにつき合うつもりなどない。我らを止めたくば実力をもってするがいい」

「フンッ、自ら命を縮めるとは愚かなことよ」


 イブ・ゼロツーが本性を現し、仲間たちと共に鎚矛メイスを構える。

 篤也はそれを見ても臆することなく、さらに半歩進み出ると、朋子に向けて指示を出した。


「月見里、お前は雨夜と先に行け。事件のカラクリは不明瞭だが、時間がないことだけは確かだ」

「行かせると思うのか!」


 アダムの片割れが叫ぶ。


「お前たちごときが我々を止められると思う方がどうかしている」


 冷然と告げる篤也。彼だけは紺のマントを身につけておらず、普段どおりのスーツ姿だ。まだ構えることもなく自然体のままだが隙は見せていない。

 それを見てアダム・ゼロワンが仲間に告げる。


「気をつけろ。奴は百戦錬磨の魔術師にして暗殺者だ」

「ああ、知っているさ。得意とする得物はトンファーだったよな」


 得意げに答えるアダム・ゼロスリーだが、これに篤也は首を横に振ってみせた。


「いいや、あれはもう封印した。あれはあれで意外に殺傷力が高いのでな」

「ほう……俺たちを相手に手加減しようってのか?」


 バカにしきった様子のアダムたちだが、もちろん篤也は挑発など意にも介さない。


「誰が相手でも同じだ。今の私は不殺の誓いを立てた身。過去は捨てたのだ!」


 言い放つと同時に背中から金色の武器アースセーバーを取り出す。

 それは彼の手の中でうなりを立てながら波打つ刃を回転させ始めた。


「――って、チェーンソーじゃねえか!」


 敵一同が揃って目を剥く。

 実際それはチェーンソーだった。魔法で動いているため小型でエンジンブロックも備えていないが、武器としての原理は同じだ。


「フッ、金色の回転鋸シャイニング・バトルソーと呼んでもらおう」


 鼻で笑って答えると、身構えることもなくアダム・ゼロワンに襲いかかる。


「死ねぇぇぇいっ!」


 気合いの声とともに自然体の姿勢から容赦なく振り上げられる金色の回転鋸バトルソー

 アダム・ゼロワンは手にした鎚矛メイスで受けようとするが、金色の回転鋸バトルソーはそれを苦もなく切断した。

 慌てて床を転がって距離を取るアダム・ゼロワン。引きつった顔で叫ぶ。


「この嘘吐き! 殺す気満々じゃねえか!」

「これで死ぬようなら、しょせん貴様もそこまでの男ということだ!」


 悪役じみたセリフを口走りながら、篤也はもうひとりのアダムに斬りかかる。

 受けることもできずに必死で身をかわす、アダム・ゼロスリー。

 それを見てイブと名乗った二人組が慌てて鎚矛メイスを手に駆け寄ろうとするが、その行く手を阻むように朱里が割り込んだ。


「ええ!?」


 一瞬慌てる朋子と希美だったが、朱里は敵の鎚矛メイスを素早くいなすと、拳にはめた金色の拳鍔ナックルダスターを叩き込む。


「うげっ……」


 ダメージを受けて人造生命体ホムンクルスの女がよろめいた。

 この間にもうひとりの敵――イブ・ゼロツーが反撃に転じようとするが、朱里の位置取りは巧妙だった。

 ちょうど一人目の敵を盾にするように移動しているため、イブ・ゼロツーは味方の身体が邪魔で攻め込めない。

 もちろん時間にすれば一瞬のことだが、近接戦闘においては大きな意味を持つ一瞬だ。

 体勢を崩した相手にさらなる一撃を叩き込むと、朱里はそいつの身体をイブ・ゼロツーに向けて殴り飛ばした。

 イブ・ゼロツーは吹っ飛んできた仲間の身体を受け止めようともせずに回避すると、今度こそ手にした鎚矛メイスを朱里に向けて振り下ろす。

 だが、朱里はこれをかわしたばかりか、カウンター気味に数発のジャブを撃ち込むと、素早く距離を取ってみせた。

 まさに一撃離脱。見事なアウトボクシングだ。


「つ、強い……」


 唖然とする朋子と希美。

 もちろん金色の武具アースセーバーによって超人と化しているためだが、朱里の戦いぶりは優れた戦闘センスを感じさせる。

 どこからどう見ても大人しそうな地味目の少女なのだが、その横顔には強者の風格があった。


「フッ……さすがだな、クリジャガー」


 彼女の戦いぶりを横目で確認すると、篤也はアダムに向き直って金色の回転鋸バトルソーを構える。

 すでに敵は思いきり及び腰だ。


「おい、急げ、お前たち!」


 背後では藤咲が希美たちを急かして走り出す。

 コカトリスだけがのんきに廊下を歩いているが、まあ、ほうっておいても大丈夫だろう。

 判断すると、篤也は再び目の前の敵に斬りかかった。



 すぐ近くの階段で二階に上がった希美たち三人は、北校舎の屋上を目指して、渡り廊下を駆けていく。

 階下からは戦闘音とともに篤也の怒声が響いていた。


「ははははははっ! 逃がすかガキども! これは教育的死導だーーっ!」


 とりあえず聞かなかったことにして北校舎に入る。

 すでにそこには濃厚な魔素が満ちており、一般人であれば魔力にあてられそうな状態だった。

 それでも藤咲が平気な顔をしているのは地球防衛部のマントに守られているためか、それとも……。


「うん?」


 ふと思いついて足を止める希美。


「どうした?」


 不思議そうな顔をする藤咲の手には、魔力を無効化する指輪がはまったままだ。


「たぶん、それだ。その指輪をつけていたから金色の武具アースセーバーに拒絶されたんだ」

「え?」

「わたしたちの武具は、そのていどの力で無力化できるものじゃないけど、それでも金色の武具アースセーバーには、それが邪魔でお前がどういう奴か、判断できなかったんだ」

「……なんだよ、そういうことかよ。自分が悪人なのかと思って落ち込んじまったぜ」


 大げさに肩を落とす藤咲。その姿を見て微笑を浮かべてから、希美は目の前の階段を見上げた。

 傍らで金色の大金槌ロングハンマーを手に朋子がつぶやく。


「嫌な気配がするなぁ」

「ええ」


 うなずく希美。濃密な魔力はもちろんのことだが、空気そのものが澱んでいるように思える。


「でも迷ってる暇はないよね」


 朋子はすぐに決断すると先頭に立って階段を上り始めた。

 素早く希美も後に続く。

 金色の武具アースセーバーがなく、魔力も操れない藤咲は、あっという間に置いて行かれるが、どのみち大した距離ではない。すぐに追いついてくるだろう。

 陽楠学園の屋上は高いフェンスに囲まれた場所で、昼間は解放されているが、この時間は鍵がかかっている。

 しかし、それはすでに敵が解除していて扉も開けっ放しになっていた。

 屋上に飛び出した希美たちを出迎えたのは一心不乱に儀式を執り行う教祖と居並ぶ若者たちの背中。

 そして祭壇に横たえられた小夜楢未来の姿だった。

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