現れた地球防衛部のふたりを見て、未来は既視感を感じずにはいられなかった。
あの日の自分は生贄ではなく、教祖の立ち位置だったが、状況的にはよく似ている。
その時の自分は確か、こう言ったのだ。
――少し、遅すぎたわね、と。
まるでそれすら再現するかのように教祖の身体を操ったハルメニウスが彼女たちの方に振り向き、告げる。
「残念だが、遅すぎた――ぶっ」
不自然に言葉が途切れたのは、突然顔面にニワトリが飛びかかってきたからだ。
「先生?」
目を丸くする朋子たち。
「奴らはエイダと栗じゃがに任せてきた」
聞き覚えのある声に、なんとか首を回して確認すると、篤也が屋上のフェンスを乗り越えて床に降り立つところだった。多少時系列が前後するが、これもまたあの日の再現のようだ。
状況から見てニワトリを飛ばしたのは彼だろう。もしかしたら投げつけたのかも知れない。
「小夜楢未来を救出しろ」
篤也は当然のように部員たちに指示を飛ばした。
「了解!」
答えて駈け出そうとする朋子の行く手を塞ぐように、操られた高校生たちが立ち上がって壁になる。
「ちょっ……!」
慌てる朋子。だが、その後ろで希美は容赦なく魔術を解き放っていた。
突風が巻き起こって高校生たちの身体を左右に薙ぎ倒す。それでも彼らが怪我をせぬように風圧を制御して、転倒の衝撃を緩和しているのは、いかにも地球防衛部らしいやり方だ。
「邪魔はさせん!」
ニワトリを振り払ってハルメニウスが叫ぶ。
「うわっと!」
声をあげながらも
一方の篤也も操られた人々に絡まれて、前に進めずにいた。
「終わりだ!」
ハルメニウスが高々と声をあげる。すでに儀式の準備は整っており、後は発動させるだけだったのだ。教祖の身体から光が解き放たれる同時に、床に描かれていた魔法陣から妖しげな光が立ち上った。
希美は大鎌を振り上げたものの、教祖を攻撃することを躊躇っている。
(結局間に合わなかったか……)
胸の裡でやるせなくつぶやく未来。
だが、そこで予想もしていなかった人物の声が響いた。
「あきらめるな、未来さん!」
藤咲旭人だ。彼は希美と朋子の間をすり抜け、猛牛のごとき勢いで駆け寄ってくる。
その途上に立っていたハルメニウスは当然のように邪魔をしようとしたが、ちょうどそのタイミングで宙に舞い上がったコカトリスが、またしてもそいつの顔面に飛びついた。
「ぶっ……」
再びマヌケな声をあげるハルメニウス。
すかさず間合いを詰めた朋子がスライディングして、その足を払い、ハルメニウスはブザマに転倒した。
その間に脇目も振らずに走ってきた藤咲は、無事に未来のもとに辿り着くが、枷を外している時間はない。
「もう遅い!」
ハルメニウスが床に倒れたままのシュールなポーズで叫ぶ。その一言を最後に全身の力が抜け落ちて、そのまま瞼を閉じた。どうやら耀の身体を操る力が途切れたようだ。
同じようにここに集められていた若者たちが次々に昏倒していく。
空に張られていた結界までもが崩れ去るのを見て、ようやく未来はその意味を察した。
儀式の影響によって、辺り一帯のアイテールが激しく乱れ、超常の力そのものが不安定になっているのだ。この状態では魔術の行使すら難しいだろう。
見上げれば、いつの間にか暗雲は去り、美しい星空が広がっている。
だが、それを塗り潰すかのように、どす黒い霧のようなものが滲み出てきていた。
それに気づいた藤咲が声をあげる。
「なんだありゃ!?」
おそらくはハルメニウスを名乗る負のエネルギーの集積体だ。その危険性は計り知れない。
「逃げて! あんなものにふれたら、ただじゃすまない!」
なんとか藤咲を遠ざけようと声をあげる未来だが、彼は意を決したかのように表情を引き締めると、未来の身体に覆い被さった。
「ダメよ! 逃げて! お願い!」
必死になって言い募るが、藤咲はそれには従わず、どこか甘い声で囁く。
「君のためなら死ねる」
バカ丸出しのセリフと普段なら笑い飛ばしたかもしれない。しかし、それを本当に死にかねない状況で言われると、ひたすらに困惑してしまう。
一方、その間にも他の三人は事態を打開すべく動いている。
篤也と朋子は床の魔法陣を破壊し、希美は跳躍して
どちらも多少の効果はあったようだが、実世界に現出し始めたハルメニウスはすでに止まらず、漆黒の魔力を撒き散らして彼女たちもろとも周囲の人々を吹き飛ばす。
目の前に闇が迫る中、必死で未来の身体を抱きしめる藤咲。体温と早鐘を打つ鼓動の音がハッキリと伝わってくる。そして、その身体の震えも。
無理もない。どれほど強気で脳天気に振る舞っていても彼はただの高校生だ。こんな状況で怖ろしくないはずがない。
それでも未来を放そうとしないのは、彼の思いがそれだけ真剣だという証だろう。
(冗談じゃない、わたしなんかのために……)
痛みを無視して全力で手足を動かそうとするが、頑強な鎖が断ちきれるはずもない。首にはめられた封環のため、魔術も使えず、すでに万策は尽きかけていた。
しかし、その悲愴な想いをかき消すように笑いを滲ませた声が響く
「いいぞ、藤咲。そのまま絶対に未来を放すな」
驚いて視線を向けると、実際に希美が笑っているのが目に入った。
この状況で何を――そう思って戸惑う未来だったが、そこに地獄から響いてくるかのような怨嗟の声が聞こえてくる。
「バカナ! ナイ! ナイ! ナイ! ドコニ隠シタァァァッ!?」
それは間違いなくハルメニウスの発した声だった。