他の部員が帰宅した後も、エイダは円卓支部に場所を移して関係者たちの事情聴取にあたっていた。
最強の十二騎士には及ばぬとはいえ、円卓において正式に騎士の称号を与えられたエージェントは世界有数のエリートだ。当然ながら、陽楠支部の誰よりも立場は上である。
昨夜の戦いで疲れてはいたが、もともと不眠不休で動けるように訓練は受けている。さしたる負傷もない以上、この程度のことで泣き言は口にできない。
エイダが取り調べに用いたのは、簡素な椅子とテーブルだけが置かれた部屋だが、刑事ドラマに出てくるような殺風景なものではなく、大きな窓から光が差し込む温かみを感じる部屋だった。
騎士団ともあろう者が、小賢しい心理効果を狙うなど以ての外。たとえそれがどんな罪人であっても、彼らは犯罪者である前に人間だ。
そんな建前がまかり通っている理由の一つは、円卓が神秘の力に精通していて、犯罪者から容易に情報を引き出せるからなのだが、エイダとしてもこの方が落ち着く。殺風景な部屋で気が滅入るのは相手ばかりではない。
もっとも目の前でうつむいている朝日向耀には、そもそも部屋の内装など目に入っていないかもしれない。
「昨夜、ハルメニウスに心を操られるまでのことは、すべて自分の意思で進めてきたことです。
耀は犯罪者が自供するように語る。尋問ではなく、あくまで事情聴取なのだから、もう少しリラックスして欲しいところだが、彼女の立場を考えれば無理からぬ話だ。
「ハルメニウスはあなたの思考を巧妙にズラしていたのです。だから自分で決めたように思えるだけで、実際にはあなたも未来もずっと彼の手の平の上だったのですよ。精神分析を専門とする魔術師の調べでもその反応が見つかっていますので、これについてはご安心下さい。あなた方は間違いなく被害者です」
穏やかに告げるエイダ。
それでも耀は納得できないらしく、首を横に振る。
「仮にハルメニウスがわたしに干渉していたとしても、最初に彼の者の力を望んだのはわたしだったはずです」
「では、なんのためにそれを望んだのか、まずはそれをご説明いただけますか」
切り口を変えて質問すると、耀は素直にうなずいた。
「わたしの望みは死者の復活でした」
「死者……?」
エイダは目を丸くしたが、小夜楢未来が口にしていた「絶望を消す」という言葉の意味がそれだとすれば、むしろ納得だった。
魔術の秘技を駆使しても不可能とされる完全な死からの復活。
それが本当に可能であれば、エイダとてその計画に飛びついていたかもしれない。
「わたしも大事な人を失っていますから、その気持ちは分かります。ですが、本当に可能だと思ったのですか?」
「ハルメニウスの力は特別なのです。現に未来も完全な死からの蘇生をはたしました。もちろん彼女の場合は死んで間もなくで、骸があったからこそ可能だったのですが、ハルメニウスがただの力の場ではなく、神として誕生すれば、遠い過去からでさえ死者を甦らせることが可能になる……そう思ってしまったのです」
話し終えると耀は力なく項垂れた。おそらく今では、それを信じ込めたこと自体、不思議なのだろう。
無理もないことだ。ハルメニウスはずっと彼女たちの心を巧妙に歪め続けていた。
もし最初から完全に乗っ取ろうとしていれば、優れた魔術師である彼女たちの心はそれに抵抗し、いずれはその呪縛を打ち破ったことだろう。
それを避けるためにハルメニウスは最小限度の干渉によって、ふたりを自分の望む方向へ誘導したのだろう。