残念ながら朱里たちとは別のクラスになったものの、とりあえず無難に転校初日の授業を乗り切って、未来は地球防衛部のある部室棟へと足を向けた。
「地球防衛部って文化部じゃない気がするけど……。むしろ体育会系じゃない?」
つぶやきながら、中庭に置いてある自販機の前で足を止め、ジュースを買って喉を潤わせる。
そのまま文化部棟の前まで来ると、学園内の調和を乱す、ゴージャスな建物を見上げた。
六年前には入ることさえなかったが、もちろんこんな目立つ建物のことを忘れるはずもない。
聞いた話では築十数年とのことだが、建築当時の美観をまったく損なっていないようだ。
正面扉を抜けて中に入ると広々としたロビーは吹き抜けになっており、左右に曲線を描きながら上へと続く階段がある。
とても部活のために用意された建物には見えないが、それも当然だ。
この建物は地球防衛部の活動拠点とするために、円卓の魔導建築士によって建築されたものだった。
初代部長がどのような取引をして、彼らにそうさせたのかは知るよしもないが、聞けば聞くほど創設時のメンバーはとんでもない大物揃いだったようだ。
その中には未来の一族である明日香家が仕えていた人物も存在している。
東条家と呼ばれる国内最大の組織を束ねる女性だ。
彼女さえも敵だと思い込んでしまった未来は、逃亡生活を余儀なくされている間、決して近づこうとはしなかったが、もしすぐに連絡を取っていれば、直ちに保護されていたことだろう。
迂闊といえば迂闊だが、当時八才だった未来には彼女のことも東条家のことも、よく理解できていなかった。
一族を襲った者たちも、これに関しては巧妙で、あたかも四面楚歌であると未来に思い込ませた一方で、未来の死を偽装して東条家が彼女の保護に乗り出さぬように手を回したのだ。
悪辣極まりない憎むべき連中だが、すでに首謀者は死亡し、実行犯は未来自身がことごとく返り討ちにしている。
ひとまず昏い想いは振り切って二階に上がると、廊下を真っ直ぐに進む。一番奥まった場所に「地球防衛部」のプレートを見つけると、そこで足を止めて感慨深げに、その文字を見つめた。
思い浮かぶのは現在の地球防衛部ではなく、六年前に敵対していた――そして自分を救おうとしてくれていた昴たちだ。
そっと手を伸ばしてドアを開くと、眩い光を感じて一瞬目が眩んだ。部室は広々としていて大きな窓から差し込む光で満たされている。一番乗りだったらしく、部室にはまだ誰も来ていない。
未来はドアを閉めると広々とした室内を、ゆっくりと見回した。
おそらく一般的な音楽室くらいの広さはあるだろう。壁際には複数の本棚、冷蔵庫が置かれ、棚の上には電子レンジまで設置されている。
本棚にはズラリと並んだ漫画本。なんとなく持ち込んだ人物の姿が思い浮かぶ気がした。
背表紙を眺めながら、ゆっくりと横に進んで二つ目の本棚を眺める。そこには地図や過去の事件に関するものらしき資料が置かれており、その傍らには見覚えのあるスケッチブックがあった。
「ずっと置いててくれたんだ……」
なつかしさを感じながら手に取ってページをめくる。
そこに描かれていたのは未来にとって誰よりも恋しい人物の若かりし姿だ。
「葉月くん……」
暇つぶしに何気なく描いたはずのものだが、こうして見ると我ながら上手くかけているように思える。
「自画自賛だけど」
自嘲気味に微笑むとスケッチブックを閉じて、ギュッと抱きしめた。
しばらくそのまま込み上げる想いを噛みしめていると、ドアの開く音がして慌ててふり返る。
希美が冴えない顔で入室してきたのだが、彼女はなぜかメイド服を着ている。
当然ながら未来には気がついているはずだが、何も言わずに椅子に座ると荷物を机の上に放り出して盛大に溜息を吐いた。
「どうしたの?」
問いかけると、驚いたような顔をした。どうやら本当に気がついていなかったようだ。
「未来か。そういえば今日からだったな」
「ええ」
「べつにどうしたってわけでもなくて、ちょっと疲れ気味なだけだ」
曖昧答えると、希美は未来が手にしているスケッチブックに神妙な眼差しを向けた。
「葉月くんにはちゃんと伝えたのか? 生きていますって」
「それは……」
視線を逸らす未来。もちろん未だに何の連絡もしていない。今さらどんな顔をして会いに行けばいいのか分からないのだ。
「気取ったってしかたがないだろ。そのまま普通に顔を出して伝えるしかない」
まるで心を読んだかのように希美が言う。
「他人事だと思って……」
「しかたがないだろ。本当に他人事なんだから」
つぶやいた希美の笑みは苦笑めいてはいたがやさしげだ。
「現実は物語みたいに格好良くはいかないものだ。変に気取ってタイミングを見計らっていると、そのうち町中でバッタリ会って、よけいに決まりが悪くなるだけだぞ」
「それは……そのとおりでしょうけど」
「大丈夫だ。葉月くんは絶対に怒ったりしない。この間の事件にしたって悪いのはハルメニウスであって、お前たちじゃないしな」
「どうしてそう言いきれるの?」
「憑き物が落ちたみたいな、その顔を見れば一目瞭然だ」
「憑き物か……。でも、本当にそんなに違って見えるの?」
未来自身そう思い込みたいが、やはり自信がない。本当はハルメニウスの悪意に無意識に荷担していたのではないか。時々そんなふうに思えて不安になるのだ。
「たぶん、ハルメニウスはお前の心の激しい部分に働きかけて、判断を偏らせていたんだ。だから、その力の影響が抜けた今のお前は、反動で以前よりも感傷的な気持ちに浸りやすくなっているはずだ」
本当に心を読まれているかのようだ。希美の指摘どおり、未来はここのところ、やたらと感傷的になっている。
未来はじっと希美を見つめた。彼女が本当はどこの誰なのか未だにハッキリしないが、やはり自分によく似ている気がする。
性格はむしろ正反対だが、思い返してみれば子供の頃の未来は今の希美のように、生意気な少女だった。もしあのまま何事もなく育っていれば、あるいはこんな娘になったのだろうか。
そんなことを考えながら見つめていた未来は、ふと気になって訊いてみた。
「どうしてメイド服なの?」
問いかけた瞬間、希美の顔から笑みが消えた。
「うわぁぁぁぁっ! 今日もメイド服だぁぁぁぁっ!」
頭を抱えて絶叫した。