「希美ちゃんは呪われているのです」
無駄に厳かに発せられた朋子の言葉に、未来が小首を傾げた。
「呪い?」
「はい。毎朝無意識にこのメイド服を着て出かけてしまうという、ありがたい呪いです」
「ありがたいの?」
「はい。お陰で毎日高確率で美少女のメイド服姿が見られます」
大真面目に答える朋子。
希美は恨めしそうな顔を部長に向けた。
「他人事だと思ってるでしょ!」
「とんでもない。これでも毎日心を痛めながら、楽しみにしているんだから」
「他人の不幸を楽しみにしないで」
基本的に後輩思いでやさしい朋子だが、このところその愛がやや過剰に思えることがある。
「いつから呪われているのよ?」
呆れたように問う未来。
「かれこれ半月になりますね」
装備の手入れをしていたエイダが手を休めることなく答えた。
聖剣自体は錆びることなどないが、鞘は普通の品らしくマメに整備をしているようだ。それを手伝っていた篤也が顔を上げて希美に告げる。
「いい加減、解呪を試みたらどうだ?」
「なんだ、呪いを解く方法は見つかってるんだ」
肩すかしを食ったと言いたげな未来に、希美は噛みつきそうな顔を向けた。
「あんな恥ずかしいものを着られるかーっ!」
「恥ずかしいもの?」
「バニースーツだ」
恥ずかしげもなく口にする篤也。いつもどおりの仏頂面で、とくに面白がっている様子はない。
「バニースーツって……なんで?」
「かつて、この呪いのメイド服事件が発生した折、当時の地球防衛部員が、とある魔法使いに頼んで用意してもらったものが、それだったからだ」
「えー」
なんでやねん――未来の声はそんなニュアンスを感じさせるが、当事者である希美にとっては、その程度ではすまない。
エイダは手を止めて立ち上がると、本棚からファイルを抜き取って、それを開いた。ざっと目を通しながら内容をかいつまんで口にする。
「当時の記録によると、たまたまその形状が呪いを解放するのに適していたということです。チョーカーを要として、網タイツに複雑な術式を織り込み、ハイヒールやカフスに込められた魔法によって、魔力を体内で循環させて、悪いアイテールをウサ耳から放出するとか。防具としても優秀で、とくに魔法に対しては鉄壁の防御性能を誇るとのことです」
「絶対に嘘だ! 胡散臭い! こじつけだ! その魔法使いは性格が腐っているに違いない!」
希美が捲し立てると、篤也が落ち着き払った声で注意する。
「憶測で失礼なことを言うな。まったく同感だが、一抹の善意くらいは含まれているかもしれないではないか」
「善意が一抹だけってことは、残りは全部悪意ってことじゃないか!」
「だとしても、必ずしも悪い話ばかりではない」
「どのあたりがだ!?」
「我々の目の保養になる」
「きーっ! 出てけ、セクハラ教師!」
とうとう地団駄を踏む希美。
未来は肩をすくめながら、溜息交じりに口を挟んだ。
「恥ずかしいのは分かったけど、着るだけなら家でこっそり着ればすむことじゃない」
「それですむなら、とっくにそうしている」
泣きそうな顔をする希美。
「ダメなの?」
「バニースーツの解呪能力を発動させられる場所は、霊脈の交わる場所だけなのだ」
「えらく大がかりね」
「うん……。いろいろ考えたけど、現実的な場所といえるのは、この部室くらいで……」
「なら、わたしが部室の前で見張ってるから、カーテンを閉めてさっさと着替えれば?」
「解呪には二十四時間かかるんだ……」
「そ、そうなんだ……」
ここまで話せば、さすがに未来も事の深刻さが理解できたようだ。
「だが、霊脈の助けが必要なのは着る時だけだ。ここでこっそり着替えたら、あとは何食わぬ顔をして、そのまま帰宅すればいい」
なんでもないと言いたげな西御寺だが、その内容はどう考えても完全にアウトだ。
「そんなことをしたら、一発で変人として知れ渡ってしまうじゃないか!」
「気にするな。すでにメイド服で登校する変人として知れ渡っているのだ。それがバニーガールに進化したところで誰も驚かん」
断言する篤也だが、未来は同意しなかった。
「いや、驚くでしょう、普通……」
「だが良い驚きだ」
「いやいや……」
立てた手を軽く振って否定する未来。
ファイルを片手にエイダが口を挟んだ。
「しかし、あまり長く呪われたままでいると、呪いが定着して解呪が困難になる可能性があります。コートを羽織るなりして、なんとか乗り切るしかないのでは?」
この件に関してエイダは比較的同情的だ。ファイルを本棚に戻しながら、一番まともな提案を持ちかけてきた。
それでも渋る希美だったが、すぐに何かを思いついたらしく、ぽんっと手を打ち鳴らして顔を上げた。
「その手があった」
バニースーツを手に取って一同に告げる。
「着替えるから、みんな外に出て」
「だが断る」
即答する篤也。だが、その襟首を未来がつかんだ。
「拒否権なしよ」
「だよねぇ」
名残惜しげな顔をする朋子も、エイダに背中を押されながら退出していく。
最後に残されたのは人間の裸になど興味が無さそうなニワトリだけだったが、その目つきに何かイヤらしいものを感じた気がして、希美は容赦なく外に放り出した。
素早く鍵をかけてカーテンを閉め回ると、床の一部を裏返して隠されていた魔法円を上にする。
後はその中心に立って着替えるだけなのだが、このバニースーツというものはインナーまで際どいものを身につけねばならないらしく、いざとなるとやはり二の足を踏みそうになる。
しかし、ここで時間をかけ過ぎれば、しびれを切らした篤也や朋子がドアを開けて乗り込んで来ないとも限らない。
意を決して着ているものを脱いで全裸になると、これから身につけることになるスーツや網タイツをあらためて見つめた。
こんなものを着るなんて、どう考えても背徳的でゾクゾクする。
「いやっ、ゾクゾクはしないから!」
自分にツッコミを入れると、希美は覚悟を決めて、それらを身につけ始めた。