「よし、帰るぞ。そして丸一日部屋から出ない」
部室の扉を開けて外に出るなり、希美は宣言した。
それを見て篤也はともかく朋子まで悔しそうな顔をする。
「地球防衛部のマントか……」
希美はバニースーツの上からそれを羽織って、剥き出しの肩や足首近くまでを完全に覆い隠していた。さすがに頭のウサ耳やハイヒールまでは隠しようがないが、このマントには魔法が込められていて、着用者は一般人に注目されにくくなるという特性がある。
見えなくなるわけではないので、車や通行人は、ちゃんと避けてくれるが、それが希美であることや、どんな格好をしているかを認識できなくなるのだ。
相手が親しい間柄である場合、戦闘状態にあるなどして特別強く認識されている場合、あるいは潜在的に強い魔力を持っている場合は効果を発揮しないが、それ以外の一般人に対する
顔をしかめる篤也に嘲笑うような笑みを向ける希美。だが、そのまま一歩踏み出したところで、慣れないハイヒールのせいでバランスを崩した。
「おおっ」
歓声をあげかけるセクハラ教師だったが、未来が素早く手を伸ばして希美の身体を支える。
「くぅぅぅっ」
血の涙でも流しそうな顔で悔しがる篤也。
そちらは無視して、希美は素直に礼を口にした。
「ありがとう」
「いえ……思わず助けてしまっただけよ」
「心底後悔してるような顔をするなっ」
思い切り睨みつけると、未来は小さく舌を出した。からかわれたようだ。
そっぽを向いて歩き出す希美。いっそ空間転移で跳んで帰ろうかとも思うが、それは自重した。あのような大魔術はおいそれと使うべきではない。環境に少なからず影響を与える可能性があるからだ。
部室棟を出て駅前に行くためにスクールバスに乗りこむ。
希美はいきなり気弱になった。
「み、みんながわたしを見ている気がする」
「思いっきり気のせいよ」
未来は呆れ顔で言ったが、希美としては不安でしかたがない。
もっとも彼女の言葉は完全な事実らしく、慎重に観察してみれば周囲の視線はむしろ未来に向けられているようだ。
(地味な格好をしていても美人は人目を惹くってことだな)
納得してホッと胸を撫で下ろしたところで、未来が話しかけてくる。
「どんな着心地?」
「訊くな」
つっけんどんに返しつつ、希美は部室でそれを着たときのことを思い返していた。
とにかくスースーする。肩はもちろん下半身もだ。
(こんな姿を葉月くんに見られたら、きっと死ぬ、今度こそ死ぬ)
その自信があった。
だいたいが運の悪い希美だ。こういうときに限って出会ってはならない相手と出会う気がして終始落ち着かない。
しかし、大方の予想を裏切って、駅で未来と別れたあとも、とくになんのアクシデントも起きない。列車内でも何事もないまま、目的の駅に到着して、無人の駐輪場から自転車を引っ張り出した。
さすがにバニースーツで自転車に乗ることは躊躇われたので、押しながら歩いて帰るが、その道中でさえ何事も起きずに、拍子抜けするほどあっさりとマンションに辿り着いたのだった。
「やっぱり、日頃の行いって大切だな。今日も落ちてたゴミを拾ってくずかごに入れたし」
安心して気が抜けたせいか一人言が口をつくが、それすら誰にも聞かれることなく鍵を使ってドアを開けた。
ワンルームマンションの短い廊下を進むと、タイミングを見計らったかのように電話が鳴り出す。
希美は上機嫌で受話器を取ると明るい声で応対した。
「もしもし、雨夜です」
「私だ。マリスが現れた。車で拾いに行くから準備をしておいてくれ」
受話器から聞こえてきたのは、篤也のやや固い声だ。
「…………」
笑顔のまま受話器を手に固まる希美。
やはり彼女の運は、すこぶる悪いようだった。