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第103話 由布子の追求

 希美はバニースーツから解放されるのを待って高月邸に足を運んだ。もちろん、あの忌々しい呪いのメイド服はバニースーツもろとも、魔術によって厳重に封印するつもりだ。

 いっそ処分したいところだが、呪いは専門外なので迂闊なことはしない方針である。

 もちろん学校は休んでいて、今はすでに夕刻だ。

 ありきたりな私服に、水色のパーカーを羽織った希美は、口にパラソルチョコなどをくわえつつ、呪いが解けた開放感に浸りながら高月邸のベルを鳴らした。


「あら、いらっしゃい」


 高月由布子が現れた。


「なんで身構えてるの?」


 反射的に怪しい格闘家のようなポーズをとってしまったため、半眼で睨まれる。


「い、いえ、間違えました」


 回れ右をして帰ろうとしたところで首根っこをつかまれて中に引きずり込まれた。


「ひょえぇぇぇーっ」

「情けない声を出さないで」


 玄関のドアを閉めながら由布子が呆れた声を出す。


「やっぱり、未来さんとは大違いね」

「未来?」

「あなたの学校の小夜楢未来さんよ」

「ここに来たの?」

「ええ、昴がバッタリ出会ったらしくて連れてきたの」

「へ、へえ……」


 極めて複雑な心境になるが、あの女にとっては良いことなのだろう。


「いろいろ教えてもらったわよ。事件のこととか、今の部活のこととかも」

「さいですか」


 投げやりに相づちを打つ。


「あなたについては正体不明とのことだったけど?」

「何ノ変哲モナイ女子高生デスガ?」

「魔術を操る女子高生が変哲がないはずないでしょ」

「魔術ハ児童養護施設デ習イマシタ」

「そんな施設があったら怖すぎるわよ」


 もっともである。


「だいたい、さっきから棒読みなんだけど」


 肩をすくめる由布子。

 べつに彼女から彼氏を奪い取る気など更々ないし、そもそも不可能だと分かっているが、横恋慕している希美としては、可能な限り近づきたくない相手である。

 とりあえずは、さらなる追及を回避するためにも話題を変える。


「葉月くんは留守ですか?」

「今日は遅くなると思うわ。未来さんに頼まれて行方不明のお友達を探してるはずだから」

「あれ? それって深天と槇村くん?」

「ええ、そんな名前だったわね」

「なんだ」


 どうやら、わざわざ希美が会いに来る必要はなかったようだ。


「意外と良いところあるな、あいつも」

「彼女は、もともといい人なのよ。いろいろあって一度は道を踏み外してしまったけどね」

「それはそれは、裸にされて身体に落書きされたのにおやさしいことで」


 ついつい嫌味を口にすると、由布子は真っ赤になりながら希美の頬を両手で抑えた。

 しまったとは思うが、もう遅い。


「どうしてそれを知ってるのよ!?」

や、ほえそれは……」

「あなたって実は未来さん本人で、一人二役とかじゃないわよね!?」


 希美は、なんとか両手を押しのけて間合いを取ると慌てて告げた。


「そんなわけないでしょ! 幻術を使ったとしても、部活の仲間にはすぐバレるし!」

「じゃあ、今の話は誰から!?」


 由布子の剣幕に怯みながら、それでも希美はなんとか言い訳をでっち上げる。


「西御寺先生にお聞きしました。とても眼福だったとしみじみと言っておられました」


 バカ丁寧に告げると、由布子は唖然とした顔をしたあと、よろよろと後ずさって、玄関口の壁にもたれた。


「あ、あの、セクハラ教師ぃぃぃっ」


 由布子が怨嗟のこもった声を響かせる。

 近いうちに篤也の葬式に参列しなければならないかもしれない――などと無責任に思いつつ、希美は上手く誤魔化せたとばかりに、ほっと胸を撫で下ろした。


「それじゃあ、帰りますので、葉月くんによろしくお伝え下さい」


 それだけ告げてそそくさとお暇する。

 抜け目がなく、勘の良い由布子にこれ以上関わっていると、誤魔化しきれなくなりそうだ。やはりここには足を向けない方がいい。

 そうは思うが、恋しい人の住まいともなれば、足を向けたくなるのが人情だ。

 帰り道の途中で立ち止まって、そっとふり返ると、その家はかつてと変わらない落ち着いた佇まいを見せている。


「今度は彼女がいない時に来よう」


 自分に言い聞かせて、ひとまず帰路に就いた。

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